10/27 (木) 13:00 恋人

先の深雪ちゃんの事件には驚かされた。実際の傷跡は見ていないけれど、医療室にお見舞いに行った時には青ざめた表情だったし、首に巻かれた包帯が痛々しかった。でもそれからは元気になり、今週に入ってからはスカーフをしていない日もあるので元通り、と言いたいところだけど、周りの空気は不穏で、普段は石井くんが目を光らせているらしい。

だけど今日は沢渡が来ているので二人で昼食、なのかと思ったら、僕も誘われた。・・・何を話せばいいんだ?

「そんなに警戒するなって。深雪も朝霧も、俺にとってはかけがえのない人だから、もっと絆を深め合ってもいいんじゃないかと思って」

あの・・・、どう絆を深めろと?・・・とか何とか言って、結局いちゃついて終わりなんじゃないの?

「いいよ、無理しなくても。どうぞ二人で話を進めて・・・」

すると、沢渡が僕の耳元に近づいてきて囁いた。

「女の子の気持ちを知る、いい機会になるんじゃないかと思うんだけどな・・・」

ちょっと待て!だからどうして、僕の変化にそんなに敏感なんだ!と一人で熱くなりかけたところで、不思議そうに僕を見ている深雪ちゃんの視線に気づいた。・・・ここで取り乱しては、沢渡の思う壺だ。

実は、この夏のヴァイオリンコンクールの時に知り合った子と、今も連絡を取り合っている。でもそれは友達としてであって、付き合っているのかどうか、僕自身も分かりかねていて困る。・・・だいたい、僕が彼女のことを好きなのかどうかさえも、はっきりとは分からない。

「ごめんね、深雪ちゃん。迷惑ならそう言って」

「いえいえ、全然迷惑なんかじゃないです。朝霧先輩って、凄くいい人ですもん」

・・・いい人。

「そう?どの辺が?」

・・・あ、沢渡が楽しそうに聞いている。これはマズイ展開では。

「優しいところとか、細かいところにまで気を配っているところとか、もちろんヴァイオリンが上手なところとか」

「でもそれって、下手すると単なるいい人で終わってしまう可能性もあるってことだよな」

ギクッ。・・・分かってて聞いたね。

「ううん、そんなことないと思うよ。いつも控えめな人がいざというとき助けてくれたりしたら、ドキドキしちゃうもん、きっと」

いいこと言うね!

「わざわざ朝霧のことをフォローすることないって。・・・ほら、ご飯が冷めちゃうぞ。食べよう」

ほ~ら、面白くなかったと見える。・・・でもすっかり気を許しあって話しているのが羨ましい。

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