部活では、毎月古典の名作のワンシーンに挑戦することになっていて、今取り組んでいるものは沢渡抜きでやっているため、僕が主役を務めている。少し前だったら断っていたに違いない。でもヴァイオリンコンクールで優勝したことが自信に繋がり、舞台の中央にいることにも慣れてきた。
僕が演じているのは聖職者の役。もともとは真面目な宗教家だったのに、教区で起こる事件を解決するにつれて個性的になり、また信者からの信頼を集めていくという、コミカルな内容。
「朝霧先輩って、ホントにその衣装が似合いますよね。前からずっとそうだったみたいです」
休憩時間に深雪ちゃんが言う。・・・そう?でも、
「残念ながら、僕には信仰心がまったくないんだよね。神様に頼っている暇があったら少しでも努力しよう、と思うタイプなんだ」
「意外ですね。先輩の才能は、神様から与えられたものだとばかり思っていました」
「まあ、たまたまヴァイオリンに出逢えたことは幸運だったと思っているけど、そもそも僕の周囲には信仰心が厚い人がいなかったから、神様の存在を知らなかったんだ。ただ、それだけのことだよ」
でも別に、信仰心を否定したりはしないし、何かを信じていたい気持ちも分かる。
「沢渡先輩も、朝霧先輩と同じタイプですね、きっと」
「そうだね、頭がいいことは事実だけど、それ以上に彼は努力しているからね。・・・この間僕がテスト勉強で困っていた時も、寝ないでやれば間に合う、と真顔で言われた。彼には寝ないでやることが普通なことみたいにね」
でもそれだけじゃない、ちゃんと僕に付き合ってくれたおかげで、それなりの成績を残すことができた。ちなみに当の沢渡は、本領発揮で満点だったんだけどね・・・あり得ない。
「私も頑張らないと!」
深雪ちゃんが言った。・・・深雪ちゃんも頑張っていると思う。部活のこともそうだし、成績も、この間のテストでは随分上がったみたいだった。
「深雪ちゃんの今の目標は何?」
すると急に顔を赤らめたので、これは沢渡関連のことだと気づく。
「いろいろありますが・・・、この作品を仕上げるというのもその一つです。コメディは初めてなので、戸惑います」
そうだね、僕も初めての主役だから頑張らないと。