12/1 (木) 18:30 秘書の仕事

沢渡長官は、学校で授業を受けていらっしゃる最中でも、平行して端末で業務の確認をされており、時々メールで指示が送られてくる。

議会まであと約1ヶ月。沢渡長官は今年度の予算案の作成にも携わっていらしたので、今年は去年よりは順調に作業が進んでいるが、責任の度合いはまるで違う。しかし沢渡さんは、今こそが実力を発揮するとき!とばかりに、多くの注目をエネルギーに換えて精力的に活動なさっているので、私たちの士気も高まる。

「ただ今戻りました。・・・外は凄い雨ですよ」

沢渡班の基本は、必ず自分の目で確かめること。データだけで判断しないでできるだけ現場に行き、合わせて担当者や現地の人の声を聞くことが課せられており、人の出入りが絶えない。しかしその中で私だけは、第一秘書という立場上、部下たちの業務を統括する任務があるために、沢渡長官に同行する以外は宮殿からはほとんど出ることがない。よって外の天気のことなど、言われなければ気づかないことがほとんどである。

窓のほうに目を向けると、雨が激しくガラスに打ち付けていた。しかし機密性が高い宮殿では、外の音はまったく聞こえず、ただ雨だれがガラスに跡をつけるのが見えるだけだ。・・・ああ、そうだ。雨が降ると沢渡長官がいつも漏らされるのが、道路の水はけの問題。水たまりが非常にお嫌いで、個人的に、良くない舗装箇所をチェックなさっているくらいだ。

「じゃ、濡れているついでに、中心部の道路の水はけをチェックしてきてくれないか?それから、舗装の専門家の話があれからどうなっているのかも調べて」

「・・・長官のためですね。でもそういうことなら、着替えてきてもよろしいですか?」

確かに。路面調査にスーツ姿は適当ではない。しかも彼は、現状でもかなり濡れている。

「そうだな。でも雨が上がる前に、早く行って来い」

「天気予報をご覧になっていらっしゃらないのですか?大丈夫です、これから3日間は雨の予報ですから」

行ってきます、と彼が去っていくのを見送りながら、複雑な心境になっていた。宮殿の中は冷暖房が完備されているので快適だ。でもここにいて、果たして国民の気持ちが分かるか?と。

夕方になり、沢渡長官が会食会場へ向かわれる車に同乗して仕事の打ち合わせをしているが、長官はやはり、街行く人たちの様子を気にされている模様。

「まだ中間報告ですが、水はけの良い舗装についてのレポートをご覧になりますか?」

振り向かれた長官の瞳のあまりの輝きに、男の私もやや照れてしまった。・・加藤さんや仲野さんのような側近と違い、私たち秘書はほぼ仕事の話しかしないので、長官の笑顔に触れる機会など滅多にない。慣れていないのだ。

「効果のほどを検証してみたいですね。今からでは、全面的な再舗装はとても無理ですから、テスト区間分の予算だけでも盛り込みましょう。調べてくださり、ありがとうございます」

・・・そのように笑顔で仰ってくださると、自ずと仕事にも精が出るというものですね。

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