沢渡さんには、週に3回はトレーニングをこなしていただいている。武術の腕を磨き続けるためであり、忙しい毎日を乗り切るには体力が必要だということもあり、体型を保つためでもある。それでも、実益よりも気分転換として楽しんでいらっしゃるところも大きいので、忙しい中でも時間を割くようにしている。
「ああ、もうすぐ試験が始まるよ。また朝霧の面倒を見ないとね」
ストレッチの後にジョギングに出かける。コースは、殿下もお気に入りの迎賓館への作業用通路。すると、沢渡さんがいきなりためいきをつかれた。
「別に、仕官に任されてもよろしいのではありませんか?沢渡さんはお忙しいのですから」
「忙しいのは朝霧も同じじゃないか。それに、何だかんだ言って世話を焼くのが好きなのかもしれない。ただし、見込みがある場合に限るけど」
なるほど、誰も彼もというわけではなかったのは、良かったと思う。世話好きのせいで、沢渡さんの本業に支障が出るようなことなど、絶対にあってはならない。しかし、長官になられてから初めての予算案審議を控えているので、これからますます忙しくおなりになるのだ。失敗は許されない。
「先にお断りしておきますが、深雪さんのお宅への送り迎えはいたしかねます。沢渡さんのお身体のことが心配ですから、夜はしっかり休んでください」
「誰もそんなこと・・・」
「それからもう一つ!売り言葉に買い言葉で、突っかかったり揚げ足をとられたりするのもおやめください。どなたかのようなやりとりになってしまいますので・・・」
「ちょっと待ってよ。僕は別に何も言ってないじゃないか」
あれ?・・・もしかして、深雪さんと何かありましたか?ふと沢渡さんの横顔を伺うと、怒っているわけでも悲しげなわけでもなく、ただただ真顔でいらした。
「疲れ過ぎているときに会いに行っても、逆に心配されてしまうだけだから、無理に会いに行ったりしないよ。僕のことをホントによく観察してくれているみたいで、何かあるとすぐ気づかれてしまうんだ」
あ・・・。私は側近失格だ。いつの間に沢渡さんはそのようなことをお考えになっていたのだろう。いつも一緒にいるのに、その変化にまったく気づかなかった。
「どうしたの?加藤。僕、何か変なこと言った?」
立ち止まってしまった私を振り返って足踏みしながら、沢渡さんがおっしゃった。
「いえ、水を差すようなことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした。参りましょう」
沢渡さんは精一杯仕事を務め上げるおつもりなのだから、私も精一杯のお力添えをしなくては・・・。
「ねえ、僕は役者なんだよ。そうやってすぐに騙されないでくれる?会いたくないわけないじゃないか」
あ!やはり!・・・しっかり手綱を締めておかねば。