帰りが遅くなったのに、美智は待っていてくれた。
「お帰りなさい。…顔色あんまりよくないよ」
「まあ、猟奇的殺人鬼の役だから、あまり健康そうでも困るんだけど」
「でも、身体のことが心配だし、よかったら食べて」
「ホントにありがとう。久々のおいしそうな匂いに、食欲が復活したみたい」
着替えるのももどかしく、手だけ洗って、ありがたくいただくことにする。…おいしい。
「料理、上手なんだな。知らなかったよ」
「ま、確かに、今までは披露する機会がなかったから、知らなくても当然か。母は家にいるけど、あまり家事はしない人だから、自ずと私がやることになってね」
そうなんだ。…単純に尊敬する。他の友達でいくと…、沢渡も料理は全然できないと言っていたな。
「でも、お仕事も学業もとなると大変でしょ?だから、私に出来ることがあったら、いくらでも言ってね。これでも、祐輔が役者になることは応援してるんだから」
ありがとう。最初は反対していたのが、嘘みたいだ。…ふと周りを見渡してみると、部屋もかなり片付いていた。
「掃除もしてくれたのか?」
「勝手に触っていいものかちょっと迷ったんだけど、祐輔は忙しそうだし、やむを得ず。…嫌だった?」
「いや。ホントに助かった。一人暮らしって、自由でいいなって思ってたけど、結構大変なんだな」
「でも、そういうのも慣れるよ。っていうか、慣れていくしかないよね。すべてが都合よくはいかないものなのよ。どこかで妥協しないとね」
そうか。自由な分、自分でやらなければいけないことが増える、と。
「だったら、合い鍵渡しておくよ。…手伝ってくれるのなら、だけど」
「それは全然問題ないよ。特に、今月のうちはね」
そうだよな。それに対して、俺は、今月が勝負だ。撮影は月末辺りを予定している。それまでに、役者として、俺の個性が出せるほどの演技力を身につけなければ、幸先のいいスタートは切れない。
「では、世話の焼ける俺で申し訳ありませんが、どうぞ、よろしくお願いします」
「喜んで、お願いされます。…その代わり、私の私物を少し運んでもいい?もちろん最低限にとどめておくつもりだけど」
「いいよ。多分、あんまり部屋に帰って来れないと思うし、好きに使って」
「分かった。…レッスンはどんな感じ?」
うん…。そして、これまでにあったことを、あれこれ聞いてもらう。それだけで、かなり気分がスッキリした気がする。
「…今日はもう遅いし、泊まっていく?」