希は明日から会議があるとかで、資料集めに忙しいらしい。今日は学校を休んでいたし、明日の夜もキャンセル。そしてその会議が終わったらその足で修学旅行に行ってしまうそうで、これからある演劇鑑賞で会ったあとは・・・毎月最終日曜日に希が司会を務める国民のための番組「H-K Time」はあるけど、一週間も会えないことになる。しかも間際にこっそり入ってくるからと、こうして待ち合わせ場所に向かっていてもつまらない。
遠足は学年の垣根を越えて好きなところに行けるけど、修学旅行となるとそうもいかなくて私はお留守番。山のハイキングコースだけど、去年の秋の遠足が楽しかっただけに、それもつまらない。同じ学年だったらよかったのに・・・と思ったことが何度あったか。
「こんばんは」
一年はすでに揃っていたし、二、三年も半数くらいが揃っていた。・・・ふと吉岡くんと目が合った。今でもリアルに思い出すことができる、オーディションの時に腕をつかまれたことを。去年希につかまれた時とまるで同じだった。力加減、感触、そして雰囲気が・・・。普通に見ると、希と吉岡くんは全然タイプが違う。髪も短くてさっぱりとしているし、野性的だし、声もちょっとハスキー。でも何て言うんだろう、内に秘めているもの・・・私を見る瞳が語る様子が、凄く似ている気がする。本気でドキッとしちゃったんだもん、希には言えなかったんだけど。
それでなくても、今年の一年生は結構上手な子が多い。私もうかうかしてられない。
中に入ると、右には同級生が、左には一つ空けて朝霧先輩が座っていた。隣に来てくれるんだよね、とっても楽しみだよ。
場内が薄暗くなって、開演に先立ちアナウンスが流れる。もう始まっちゃうよ・・・。メールも入ってないし、大丈夫なの?
その時、素早く影のような気配を隣に感じた。この香りは紛れもなく希であって・・・、あっ、と声を上げそうになったけど、その前に希は自分の唇の前で人差し指を立てていた。そうでした。もう開演だよね。そしていよいよ真っ暗になると、当たり前のように私の左手に指を絡ませてきた・・・ただし、同時に朝霧先輩に何やら耳打ちしている様子だったけど。
作品では、登場人物がこれでもか、と言うほどしゃべり倒していた。時々は笑いも忘れないように、とにかくまくし立てるようにしゃべっていた。・・・私的にはちょっとショックだった。今までは間を楽しむような、流れも比較的緩やかなものを好んでいたから、こういうのもあるんだな、と、本当のことを言うとあまりなじめなかった。
クリウスは大らかな校風なので、希と部長がどうしてこの作品を選んだのか、不思議に思わずにはいられない。今注目されている作品だとしても、
終演後は、部長から、次の部活のときに感想を語り合う予定だとの話があっただけで、その場で解散となった。だって、希に加え朝霧先輩まで一緒にいると、目立ってしょうがない。私でも未だに慣れないよ・・・。一年生なんて凄くビックリ顔している。当の希が一番平気そう。
一緒に劇場の外の階段を降りながら、希は吉岡くんに進み具合をいろいろと聞いていた。一年だけで作成すると言っても、基本的には、二年である私たちが先輩として助言を与えることになっている。今までは演じるだけだったけど、これからは、教えていかなければならないから難しい。順調に進んでいるようだけど・・・。
左隣に希、その向こうに吉岡くん。希は吉岡くんのほうを向いているから、視界に入るのは吉岡くん・・・。嫌だこっち向いてよ。しばらく会えないんだから。話したいことがたくさんあるのに・・・。
一応希的に、外ではベタベタしてはいけないことはわかっているから、右手の指先をぺちっと指で弾いてあげた。
「イテッ!」
電気が走った右手が反射的に踊って、私のほうを振り返った。
「お前な!・・・いや、・・・分かったから、もうちょっと待って」
怒り心頭顔が、一瞬にして謝罪顔になった。・・・おかしくてしょうがない。
「そうだ、アドレス教えてよ」
これは僕の、と、名刺を渡すと、吉岡くんはメモ帳にさらさらと書いて、ちぎって希に渡した。
「電話はほとんど出ないけど、メールなら大丈夫だし、あとは二年に相談するなりして頑張って」
「ありがとうございました。では失礼します」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人で吉岡くんを見送ると、希はおもむろに右手の指先をまじまじと眺めた。
「お前、痛いって。ほら、赤くなってるだろ」
「だって、吉岡くんのことばっかり気にかけてるんだもん」
「違うって。牽制してるんだよ」
「どこがよ!」
そんなに面倒見なくてもいいんじゃないの?あんまりいい先輩ぶってると、よくないと思う。
・・・希が立ち止まった。怖い顔をしてる。
「車に乗ったら電話するから、続きはあとで」
確かに、希が乗る車の手前まで来ていた。さすがに今日は送ってもらえない。
「じゃあな」
「お疲れさまでした・・・」
希と朝霧先輩が一緒に乗り込むのを見送って、私も車に乗り込むと、タイミングよく電話がかかってきた。
「俺だって分かってるんだよ、アイツが・・・お前に気があることくらい」
あ・・・。一瞬そうなんじゃないかと思ったけど、勘違いだと思ってた。よもや希の口から聞かされるとは。
「これでもいろいろ作戦を練っているんだから、お前のほうこそ、これ以上面倒かけないでくれよな」
「私のほうは大丈夫だよ。単にこれから一週間も会えないんだから、もう少し一緒にいたかっただけで・・・」
「・・・やっぱり明日、ちょっと会おうか。30分だけでもいい?」
いいよ、少しだけでも。
「俺も、このままじゃもたないから」
よかった。平気だって言われたらどうしようかと思った。
「お昼に少しだけ抜けていくよ。××××××××××。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
30分だけ・・・って、希は仕事なのに、大丈夫なのかな?・・・そう仕向けたのは私だけど。だって全然しゃべってくれなかったんだもん、私のことより吉岡くん対策が大事なの?
どうせ、私の洞察力は劣ってますよ。でも私は希のことが好きなんだから・・・そんなに危なっかしい?嫉妬深い希のためには、もっと愛情表現が必要なのかな?よく分からない・・・けど、30分じゃきっと十分には話せないだろうから、家に着いたら長~いメールを書くことにしよう。