5/30 (火) 23:00 オレンジの誘惑

週末にはいよいよ沢渡との全面対決!全国模試が控えていて、昼夜問わず問題集に取り掛かっている・・・のに、視線は行間を漂っていることに気づいた。まただ・・・、こんなんじゃ、大差で負けてしまう。せめて僅差で負けたい。

ブンブンと頭を横に振って、僕も得意な数学に挑もうとしてはみるのだけど、どうも集中できない。何なんだ、まったく・・・。仕方なく、コーヒーを一口すすって、背もたれにどっと身を預けた。

原因には心当たりがある。昨日の放課後、生徒会室で。

議事録を持ってきてくれた書記の取手さんと、二言三言交わしていた。

「いつも早く仕上げてくれて、助かってるよ」

何気なく出た一言に、

「どういう風の吹き回し?早川くんが人を誉めることなんてあるんだ~」

え?そう?いや、その・・・言葉が思うようにまとまらなくて・・・、

「ちょっと嬉しかったよ。・・・じゃあ、お先に」

あ・・・。結局何も発することが出来ないまま、彼女は部屋を出て行ってしまった。ワンテンポ遅れて「お疲れさま・・・」閉じられたドアに向かって口を開いていた自分が急に惨めに思えて、何をやっているのだろう、と、理由もなく髪をかきあげていたりして。

今もその光景をはっきりと思い出すことが出来る。ちょっとうつむいた彼女の顔が赤く見えたのは、夕焼けのせいだろうか、はたまた・・・「ちょっと嬉しかったよ」・・・かわいくて優しいその一言が何度も何度も再生され、その響きが余韻となって胸を満たし続けている。

はぁ・・・。

またためいきをついている。おいおい本気かよ。・・・一応遠い昔に感じたことがあったもやもやとしたオレンジ色の空気を、久々に胸の中に認めざるを得ないのか?

でも何故だろう?自然と頬の緊張が緩んでくるし、普段は飛び去るのを見送るだけだった時間が、ゆっくりと流れていくような気がする。それだけで楽しい気分になる。

僕のほうこそ、取手さんから「嬉しいよ」なんて言われたのは初めてだった。僕のために言ってくれたのだ。今までは書記という役職で見ていた彼女に、女の子を感じるようになっている。

でも今の僕は、そんな気持ちにうつつを抜かしてはいられない。幸い今日は会わなかったけど、出来れば今週はもう会いたくない。生徒会行事はないし、クラスは違うし、・・・大丈夫なはず。

さあ、集中しよう!こういう時は沢渡の顔を思い浮かべて、あの鼻っぱしをへし折ってやろうというくらいの勢いで。僕は負けないんだ!!!

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