5/30 (月) 22:00 思わぬ一言

沢渡くんを担当してくれるいいお医者さんが見つかり、彼には渡航してもらうことになった。明後日には出発して検査と手術。帰国までには、術後の経過にもよるらしいが1~2週間はかかるらしい。何しろ不可解な症例なので100%成功するとは言えないが、何もしないよりはましだと思った。

どうして沢渡くんばかりこんな目に遭うんだ?初めて宮殿の展望台で会ったとき、彼は泣いていた。あれから数年、やっと彼の笑顔が見られるようになってきたというのに、またしても・・・。

しかし彼は強くなっていた。懸命に前に向かって歩こうとしている。彼は、なすべきことと進むべき方向が分かっているかのように振る舞っている。僕は腕を引っ張ることはしないが、ちょっとつまずいたとき、ふらついたときには支えてあげられるように、様子を見守っていてあげたいと思っている。

“沢渡さんは医療室にいらっしゃいます”

とのアナウンスで、医療室へと足を向ける。宮殿に帰ってきているときには、毎日様子を見に行くようにしているが、相変わらずありとあらゆる検査をしているので、沢渡くんにとっては医療室に行くのが日課になっているようだ。

「お帰りなさい、殿下」

え?ドクターと話していた沢渡くんが、立ち上がってお辞儀をした。何故?・・・医療室は来室を告げるアナウンスが流れないのに。

「靴音ですよ。殿下のは独特なのですぐ分かります」

音はまだしも、目線もだいたい合っているし、凄いね。

「今日は昼間に点字の勉強をして、その後街に出て歩きやすさを検証してきました。障害者のための政策の参考になるようにと、この機会を有効活用していますよ」

本当にたくましく、そして頼もしくなったね。何も言うことがないよ・・・このところの僕は、沢渡くんに会うとただ抱きしめるだけで終わっている気がする。どうしても沢渡くんのことは普通に見られないんだよね。

「あの、殿下。僕はもう大丈夫ですから、婚約の話を進めてください。結城から聞きました。僕が治るまでは先延ばしになさりたいとのお考えなんですね。ですが、そこまでしていただかなくても結構です。僕の手術の手筈を整えていただけただけで十分ですから」

「でも成功しないことには何の意味もないよ」

「殿下だけではありません、宮殿全体が重苦しい空気になっているのが僕には耐えられないのです」

・・・沢渡くん。僕の接し方は間違っていたというわけか。

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