そんなこんなで少し凹みがちな僕のところにやってきたのは朝霧だった。
「沢渡の実家に行ったことないし・・・宿題も終わっていないから」
宿題がまだ、ねえ。
「いいけど、その代わりヴァイオリンを持ってくるように」
母に聴かせてあげると喜ぶだろう。・・・それに僕も聴きたい。
僕はすでに宿題を終えているのでそれらを提供してあげると、朝霧は感嘆した。
「凄いね。同じ人間でもこうも違うものかな?」
いや、忙しさを比べたら彼もさほど変わらない。僕は仕事があるけど、彼もいつもレッスンに励んでいる。本来なら、高校だってクリウスよりは音楽学校に行ったほうがいいのに、僕のお願いを快く引き受けてくれた。やっぱり僕は慣れない環境に一人で身を置くことが不安なのだ。その代わり勉強面くらい助けてあげないと。
「それにしても、祥子さんは嬉しそうだったね。そりゃ、こんな息子を持てば自慢もできるだろうけど」
昨日の入学式にも出席していたし、さっきも、手作りのデザートを部屋まで持ってきてくれた。ちなみに母は、名前で呼ばれるのを好むので、朝霧もそうしている。
「僕も出来るだけ家族といるようにしようと思って、一昨日は一緒に美術館に行ってきた」
すると朝霧が、飛びぬけて驚いたような顔を見せた。
「祥子さんと、美術館に行ってきたのか?」
・・・何?そんなに目を丸くしなくても。
「何か、おかしい?」
「それは、デートだね」
は?・・・そしてすっかりニヤニヤした様子で僕を見てくる。
「高校生の男が母親と外出するなんて普通じゃない。・・・君が知らないのをいいことに、連れ出されたんだよ」
そんなものなのかな・・・。
「物珍しさもあって、みんな振り返っただろう」
え~?少々過剰かな、とは思っていたけど、それはそういう意味だったのか。
「でも祥子さんはとても綺麗だし、パッと見は親子には見えないよ。大丈夫だって」
・・・何だか母の顔をまともに見られなくなりそうだよ。