宮殿にいることは気持ち的には落ち着けるからいいけれど、平日の分を埋めるためにどうしてもスケジュールが過密になってしまい、結構疲れる。
「沢渡さん、そろそろお戻りになりませんと・・・」
加藤が声をかけてくる。あ、あぁ、もうこんな時間か。母が待ちくたびれているといけないから、帰らないと・・・。そう考えると、実家での生活は少々面倒だ。朝霧は、「どうせ僕の私生活なんて誰も気にしないよ」と言って宮殿から通学することにしたのだから、僕も実家に帰るなんて言わなければよかったのかも、と思う。でも一度言い出したことだから、しばらくは続けてみるけど。
加藤は数年前から僕の側近を務めてくれている。もともとはボディーガードを務める仕官で武道の師範でもあるのだけど、稽古をつけてもらううちに僕の身の回りの面倒まで見てくれるようになった。・・・がっしりした外見と違って、かなりきめ細かい神経の持ち主なのだ。
ある時、そんな僕を取り巻く環境を、朝霧が言い当ててくれたことがあった。
「結城さんがお父さんで、殿下がお兄さん、そして加藤さんはお母さんみたいだね」
・・・それを聞いて結城は、そんな年じゃない、と憤慨していたけれど。
ということで帰る支度をして、加藤が運転する車に乗り込む。明日からいよいよ学校だ。一応学生の写真つき名簿は見せてもらっているのだけど、人というのは会ってみなければ分からない。僕はうまく友達を作ることが出来るのかな?
「学校に、仕事に、と、これからが楽しみですね」
そういう加藤は、僕の学校での生活を見るために体育教師となって、一クラス受け持つことになっている。それはそれで見ものだと思う。
「僕にとっては、仕事のほうに重きを置くつもりだよ。今まで学んできたことを実践する時が、やっと来たんだ」
「それは分かりますが、無理はなさいませんように。それから、学校生活が不安だからとそのようにおっしゃるのはやめてくださいね」
・・・痛い。図星だ。