そして夜も更けた頃…僕は有紗さまの訪問を受けていた。
「遅くなりましたが、入学祝いのお礼を言わせてください。ありがとうございました」
先日いただいたコロンは、すでに愛用させていただいている。とても僕好みで、気分が安らぐ。
「沢渡さんはお年の割に落ち着いていらっしゃるから、世間の高校生をご覧になっても物足りないと思われるのではありませんか?」
「はい、確かに。女の子などは、かわいらしいという印象ですね」
有紗さまは陛下の実の娘さんで、大学卒業後、陛下の側近を務めていらっしゃる。その一方、陛下の命により僕に女性に対するマナーを教えに来て下さってもいる。社交界に出れば由緒正しいお方とお目にかかる機会が多くなるから、そのレッスンというわけだ。
「沢渡さんには、ふさわしくありませんわ」
有紗さまは隣に座り、僕が手にしていたグラスをテーブルの上に置いた。
「演劇部にお入りになるそうですね。あなたは相手の女の子にどんな顔をなさったの?」
そして、僕の指先にご自分の指を絡めていらっしゃる。
「分かりません。芝居に入ってからのことはよく覚えていないのです」
「まあ。それほど役に入り込んでいらしたということかしら?」
どうやらそのようです。…ああ、有紗さまの体温をすぐ側に感じる。そしてその甘やかな香りに、眩暈を起こしそうになる。
「私にも見せてくださらない?設定は…そうね、私たちは恋人同士で、久々の再会の夜を過ごしているというのはいかが?」
ゴクッ。…有紗さまと僕が恋人同士?…そんなことは実際にはありえないけれど、…ありえないから演じてみるというのはありなのかもしれない。