オーディションの時と違って台本があるので、事前に役作りをすることができた。・・・それで先週はあれこれ映画を観てみたり、部屋でセリフの練習をしてみたり。彼がどんな気持ちなのかを考えることは楽しくてしょうがない。
「沢渡くんには寡黙な男の子を演じてほしいの。上柳さん演じる彼女のことが好きなのだけど、彼氏がいるから強くは出られない。ただし、その秘めた想いが徐々に抑えきれなくなっていく、その過程をうまく表現してほしい。そうしないと、ラストシーンが活きてこなくなるからね」
はい。村野さんは中学でも演劇部だったそうで、僕たちをうまくまとめてくれる。僕はといえばやはり初心者だからという思いが強くて、設定を考えるに当たってもあまり意見することが出来なかった。でも逆に、初めてなのだから任せてみようと思った。いきなり主役の一人を演じることになったのだけど、本当に僕にそんな素質があるのかどうか、正直言うと怖い。ここで失敗すれば、今後はいい役が回ってこなくなるだろう。しかし今の僕が出来ることは、とにかく周囲からあらゆることを吸収することだけだ。
今日から三日間はみっちりリハーサルをするとのこと。それぞれの演技とカメラワークを確認することが目的だそうだ。
「それじゃ、沢渡くんと上柳さんが初めて会うシーンから行きましょう」
村野さんが言って、僕たちは演技を始める。
僕が廊下を歩いていると、向こうから彼女とその友達が歩いてくる。僕は彼女に気づき歩を緩め顔を向ける。
「沢渡、全然ダメ」
はい?・・・椅子に座っていた兼古先輩が、つまらなそうに声を発した。
「お前の動き、ロボットみたい」
すみません。・・・意識していないつもりなんですけど、身体が緊張しているみたいです。