土曜日。沢渡は同じ宮殿の中にいるはずだけど、彼には仕事がある。・・・傷心のまま難題に取り組んでいるのだろうか?・・・物理的には近くにいるのに、今の僕には遠くに感じられる。
そんな時、僕は先生から晩餐会での演奏を頼まれた。
「再来週だとちょうど試験みたいだから、時間的には空いてるよね」
・・・はい、時間的には空いていますが、初めての試験が不安でたまりません。
「今回は外賓が多いから、君にはいいチャンスになる。これを逃す手はないよね」
「はい、是非弾かせてください。お願いします」
やはり、僕にはヴァイオリンがすべてだ。
・・・しかし今の僕がすべきことは、沢渡を励ましてあげること。ただ、役をもらった僕が言っても、説得力に欠ける。それに、土曜の夜恒例の結城さんとの食事、そして有紗さまとの夜を邪魔してはいけない。ああ、もどかしい。折角の練習にも、身が入らない。彼の様子を伺えるだけでもいいのに。
そこでひとまず、コンピューターに沢渡の居場所を聞いてみる。
「沢渡さんは、高官ラウンジにいらっしゃいます」
やはり、結城さんと一緒にいる。・・・そうだ。ならば、加藤さんに聞いてみればいいのだ。
「加藤さんは、道場にいらっしゃいます」
・・・ダメだ。加藤さんは武術の師範なので、日々の鍛錬を怠らないようにしていらっしゃるのだろう。
こうなるとどうしようもない。とりあえず、沢渡にメールを入れておくことにする。それでも、直接的なことは避けて、様子を伺うだけにとどめておく。
“再来週の晩餐会で、ソリストを務めることになりました。・・・沢渡も出席するの?”
・・・待つことしばし。食事中のわりには、返事は早くやってきた。
“22時に、響殿下の部屋に来てくれる?もちろん、ヴァイオリンを持って”
うわっ。響殿下の部屋・・・となると、他人の心配をしている場合ではない。心を落ち着けて、よい演奏をしないと。