夏休みとはいえ、教師には研修や雑用があってゆっくりはしていられない。しかし貴くんは、そんな忙しい日常から私を誘い出してくれた。
彼は来週外国に行くという。普段なかなか会えないということから考えると、それが国内でも国外でも変わらないのだけど、外国というとやっぱり気分的に違う。そんな私の心境を察してなのか、会う時間を作ってくれるなんてさすが。しかも今話題の舞台を観に行こうだなんて。
でもこんなに人が集まる場所では、誰に会うか分からない。彼が誰だろうと、教師としては男性といるところを保護者に見つかると、後々面倒になってしまう。だから、座席で待っていることにした。
「こんばんは、沢渡です」
席に着くと、彼の席の一つ向こうに沢渡さんがいらした。貴くんは基本的に仕事の話はしないけれど、沢渡さんのことだけは自慢の弟のようにあれこれ話してくれる。彼もまた学校に行っている手前、貴くんと一緒にいるところを見つかると面倒になるということで、先にいらしたのだという。その隣には朝霧さんの姿も。
「間もなくいらっしゃいますよ」
そうですか・・・。今まで挨拶くらいしかしたことはなかったけれど、会うたびに素敵になられていると思う。とても年下には見えないし、男性に言うのは失礼かもしれないけれど、沢渡さんは美しい。今日は眼鏡をかけていらして、それはまた知的な印象を強めているので、思わず見惚れてしまう。
「浮気しちゃだめだよ」
もう間もなく開演というときに、貴くんはやってきた。
「そんなわけないでしょ」
そうかな~?なんて悪戯っぽく笑っている、貴くんのことのほうが心配だよ。・・・でも彼の場合は、浮気の心配の前に身体の心配かな?また忙しくしているんだろうね。
「ねえ、お芝居が終わったら、二人を食事に誘ってもいい?まだきちんと紹介したことないよね」
「うん、それはこちらこそ喜んで」
二人とも演劇部、加えて朝霧さんは楽士でいらっしゃる。貴くんと二人きりになりたい気持ちもあるけど、それは後。食事は楽しいほうがいい。いろいろな芸術の話に花を咲かせられるのは嬉しい。
そして開演のブザーが鳴り響いた。