兼古先輩は、特に何も言ってこなかった。清水先輩には話してしまったのかどうか・・・、いずれにせよ、清水先輩も秘密は守ってくれそうな気がする。
そして僕は朝霧に提案をした。楽士だということはもう話してしまったのだから、先輩方に演奏を聴いてもらってはどうか、と。
「というかこの際、口が堅くて信頼できそうな人だけに、こっそり話してみたらどうかと思うんだけど」
独り占めするのはもったいなくてしょうがないので、誰かに聴いてもらいたい。
「それなら、沙紀ちゃんも誘ってみるよ。僕の指先に触っただけで、楽器弾いてるの?って聞いてきたくらいなんだから」
「あ、今ならいいんじゃない?」
「待って」
ちょうど清水先輩が一人になったので、今がチャンス!と思ったら、朝霧が急に僕のことを引き止めた。
「よかったら、ピアノを弾いてくれないかな?君に伴奏を頼むなんて申し訳ないくらいだけど、もし時間があればお願いしたい」
・・・お世辞にも、僕のピアノは伴奏向きとは言えないよ。
「そうなんだけど、僕は先日おばあさまのために演奏したとき、楽しく弾くことを覚えたんだ。テクニック重視の演奏もいいんだけど、それよりも心のこもった演奏をしたいなって。そのためには、親友に伴奏をお願いするのがよさそうじゃない?」
僕のは単なる趣味だからね、人前で演奏するのはどうかと思うんだけどな・・・。
「仕事が忙しくてピアノを弾く時間がないなら無理にとは言わないけど・・・」
「あ、ゴメン、その前に、今週は自宅に帰っているからピアノがないんだよ」
あ、そっか。と朝霧は残念そうな顔をした。
「じゃあ、もし気が向いたら僕の部屋に来てくれる?」
「分かった。・・・じゃあ、話しに行こう」
僕たちの提案に先輩は大喜びしてくれて、週末に清水先輩のお宅で即席の演奏会を行うことになった。一応聞いてみると、ピアノもあるとのこと。どうしようかな?
そう、自宅にもピアノがほしい。だったら、もっと自宅に帰る気にもなるというものだ。ピアノは僕の精神安定剤、この春からわずかだけど給料をもらっているので、買うことにしようかな?