8/23 (日) 13:00 表情

約束通りに清水先輩のお宅に伺うと、兼古先輩と沙紀ちゃんがすでに来ていた。・・・沙紀ちゃんが一人で来ていたのには驚いた。上柳さんには話したのかな?僕的には来てくれなくてよかったと思う。

結局僕はピアノの練習を何とか間に合わせた。というのは、速やかに電子ピアノを買って自宅の部屋に置いたから。親友の晴れの舞台だから、できるだけ協力したいと思ったのだ。ただし、一緒に合わせたのは昨夜だけだったけど。

それにしても、清水先輩の家は豪華だと思った。さすがに人気作家のお宅、とにかく広くて部屋がたくさんあった。でも当のお母さまは、仕事部屋にこもっているか取材で出かけているかで、顔を合わせることはあまりないそう・・・先輩が自立した女性に育っているわけがよく分かった。

なのはともかく、朝霧の伴奏を務めるとなると緊張する。彼は一流、僕は素人、せめて迷惑だけはかけないようにしないと。

朝霧が何を弾くのかと思ったら、純粋なクラシックの高度な曲から、ゆったりとしたメロディーが心地よい映画音楽、そしてわが国に古くから伝わる曲、最近のポップス曲とかなりバラエティー豊かだったので驚いた。彼はこのところあちこちで演奏しているらしく、その時の反応から、音楽に対する態度が少し変わったと言っていた。それがここにも現れているというわけか。

演奏会はもちろん成功だった。それは観客の様子に表れていたが、何より朝霧の表情によく現れていた。彼にはそれがよく分かっているのだと思う。アンコールではソロで更に1曲聴かせてくれた。

「本当に、私たちだけで楽しんじゃうのはもったいないわね」
「でも、今のところは内密にお願いします」

「なあ、沢渡も何か聴かせてくれよ」

・・・兼古先輩には恩義があるし、応えないわけにはいかない。僕のは趣味ですよ、と念を押して、僭越ながら1曲弾かせていただいた。

帰り道、僕は朝霧に言った。

「あんなに生き生きしている顔は初めて見た」

失礼だね、知らなかったの?なんて彼は笑って、

「最近曲も書いているんだ。よかったら今度聴きに来て」

などと言う。それは喜んで。

「でも代わりに・・・今度かなみに会ってやってくれる?沢渡に会いたいって聞かないんだ」

打って変わって困った表情を見せたので、僕は笑わずにはいられなかった。

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