8/28 (金) 22:30 人生の選択

僕の部署の一人が、仕事を辞めたいと言ってきた。僕としたことがその気配に気づかなかったので、ショックが大きかった。

「もう決めてしまったことです」

彼はすでに吹っ切れた様子で、言い放った。取り付く島もない、というのはこのことだ。

「せめて、理由だけでも聞かせてくれませんか?」

「すべては私の力不足のせいです。殿下にお世話になったことは一生忘れません。ですが、私は殿下のご期待に添えるような人間ではなかったのです」

・・・勝手に過去形にしないでくれるかな?でもここまで意志が固いならば、何を言っても聞き入れてはくれないだろう。

「ここを辞めたら、後はどうするのですか?」

結婚していて、家族もいるのに。

「しばらくは休養して、美大に行こうと考えています。私の第一段階の夢は叶いました。これからまた別の道を歩んでいきたいと思っております」

まだ、僕のところでやってほしいこともあるのに・・・、もう見切りをつけてしまったんですね。芸術の道に進むなんて、それこそ生活の保障はないのに、それでもやりたいのなら仕方がない。

「分かりました。私はまだあなたにしていただきたいことがありますが、あなたの人生はあなただけのものですから、引き止めることは出来ませんね。・・・あなたの新しい門出を、祝福したいと思います」

「ありがとうございます」

彼にはそう言うことしかできなくて、僕には苦味が残ってしまった。上司として、部下を思いやることが出来ただろうか。でも、やる気のない人材は、僕の部署には要らない。どうして、察知できなかったのか。引き止める手段はなかったのか。そこまで彼を追い詰めたものは何か。

しかし同時に、自分に正直に生きるのは素晴らしいことだとも思った。僕にとって皇太子という職業は天職なのだろうか?今はそう思っているけれど、どこか他のところに才能があるかもしれない。・・・部下の変化に気づかなかった僕は失格かもしれない。

でも今は自分を信じるしかない。幸い陛下から厳しいお言葉をいただくことはほとんどないし、僕が辞めてしまったら周りの人が困るだろう。・・・僕はこの役職を全う出来るように努力するしかない。

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