沢渡はもう、宮殿で生活しているということがバレても構わないと開き直ったそうだ。しかしその途端、いろいろと飛び交っていた噂がピタリと止んだのだから不思議なもの・・・。きっと、みんな認めたくないんだ。クリウスの学生は大概そう。富豪だかなんだか、力のある家に生まれた子どもというのは、甘やかされて育つ。そして、自分が一番だということを植え付けられる。
僕は小さい頃から、努力をすれば一番になれると言われてきた。努力の度合いによって、それに見合う結果が得られる。その意味で沢渡は尊敬に値するし、逆にお気楽なクラスメートなどを見ると、何だかな?と思ってしまう。努力もしないで口先ばかりの人間というのは、最悪だ。しかもそんな人間のために自分が傷つくようなことになるなんて・・・沢渡がかわいそうだ。
なんてことは思うのに、自分の気持ちのこととなるとさっぱり分からない。正直に言うと、今の僕には、学校、そして部活に加え、帰ってきてからはヴァイオリンのレッスンと、恋愛などしている余裕はない。でも折角の高校生活だということもあるし、僕のことを好きなのなら、付き合ってみたいという気もする。・・・でも今はとにかく練習だ。
のわりには何だか冴えない。どうしてしまったのだろう。
これはきっと心に迷いがあるからだ、と思う。僕が沙紀ちゃんのことを好きであろうとあるまいと、ヴァイオリンには関係ないと思っていた。でも弾いているうちに、清水先輩のお宅で演奏したときのことを思い出してしまったのは事実・・・僕の演奏に熱心に耳を傾け喜んでくれた。
それなら、例えば、僕が沙紀ちゃんのことを好きだとして、彼女のために弾くとしたらどうだろう・・・。
じゃあ今度は、別に沙紀ちゃんのことを好きではないとしたらどうだろう・・・。
その次は、親友の沢渡のために弾くとしたらどうだろう・・・。
お仕事が大変な響殿下のために弾くとしたらどうだろう・・・。
そして、大事なコンクールだったら、どうだろう・・・。
僕は沙紀ちゃんにもっと聴いてもらいたいと思った。でもそれはヴァイオリンの話であって、デートするとかそういうことではない。・・・何を話せばいいんだろう。
やっぱり、沢渡に聞いてみなくては。