昨日、兼古先輩は、短い休み時間にわざわざ隣の校舎まで出向いてきてくれた。心配をかけてしまっていることは分かっているけれど、私はもう戻れないところまで来ていた。
「俺には、君が好き好んで部活を辞めたわけではないことは分かっている。でも、アイツはそれに見合うだけの男かな?好きなことを犠牲にしてまで、選ぶような男なのかな?」
そうでないことは分かっているけれど、他の選択肢はない。
「入部したころの君は、もっと生き生きとしていた。なのに、どんどんその笑顔が曇っていってしまって残念だよ。・・・沢渡のことは辛いかもしれない。でも、俺は君の演技力を高く買っている。君と一緒に舞台に立ちたいんだ」
・・・先輩がそんなことを言ってくれるなんて嬉しすぎる・・・けど、
「すみません、私にはこうすることしか出来ないんです」
「園田と話をするから」
え?
「かわいい後輩が悲しげな顔をしているのを見るのはもう耐えられないから、アイツと話をするよ。君には迷惑をかけないようにする。それから、今日は早く帰りなさい、君の身のためだ」
そう言うとチャイムが鳴りそうな時間になったので、先輩は帰って行った。
放課後は、兼古先輩に言われた通り、先に帰った。・・・不思議なことにそれ以来全然連絡がない。今日の昼食はどうするのかな?
一応予定していた学食に着くと、先輩はいつも一緒にいる人とすでに食事をしていた。・・・私のことは無視?でも逆に、心が軽くなった気がしたのは確かだった。
「ねえ、一緒に食べましょうよ」
その時、清水先輩と兼古先輩が近づいてきた。・・・どこまでも親切な先輩たち。でも、お二人といると目立ってしまう。それでなくても、兼古先輩が教室に来たときから、クラスの目が何だか冷たくなってきている。私だけこんな風にしてもらっていいのかな?・・・でも兼古先輩が何て言ったのかは気になるから、ついて行った。
「とりあえず、もっと上柳さんの気持ちを考えろ、って言っておいた。恋人の心理状態が分からないようでは、彼氏失格だってね」
それだけで、私には一言もなくそっけなくしちゃうわけ?・・・なんて子どもっぽいんだろう。
「でも、これからまだどうなるか分からないから、何かあったらすぐに言って。分かったね」
そして兼古先輩が、頼もしく微笑んだ。