10/24 (土) 23:30 音色

だから僕たちは、あまり深入りしないことに決めた。

夜、あまりに気持ちが晴れないので、少し歩こうかと部屋を出ると、殿下とお会いした。・・・殿下もお散歩中のご様子。

「折角だから、付き合ってよ。迎賓館まで行こう」

はい、喜んでお供させていただきます。・・・こんな日に殿下にお会いできてよかった。

殿下とはたわいもない話をさせていただいたのだけど、殿下の話し声や笑い声を聞いていると、それだけで気持ちが安らぐ。殿下の声が、僕の細胞に浸透していくのが分かる。・・・こんな感覚を味わえるのは、僕にとっては、他にヴァイオリンの音色しかない。

「どうしたの?何だかニコニコしすぎて怖いよ」

その、殿下のオチャメな言い方すら、僕には安らぎだったりする。

「僕には難しいことは分かりません。自然に耳に入ってくる音色や情報が心地よければ、それだけで満足する生き物なのです。出来れば厄介なことには巻き込まれたくありません」

するとますます、殿下はお笑いになった。

「それはみんなそうだよ。僕だって厄介なことには巻き込まれたくない。でも、こんな僕のために一緒にいてくれる朝霧くんみたいな親切な人がいると、そのお礼として出来るだけ厄介ごとを解決してあげなければと思ってしまうんだよ」

「いえ、僕は別に親切なわけではありません。単純に殿下とご一緒させていただけるのが嬉しいから、そうさせていただいているだけで・・・」

正直でいいね、と、殿下はニコニコされている。

「朝霧くんは芸術家だから、できれば雑念は入れたくないよね。それは分かるよ。でも、そういうのは自然と耳に入ってきてしまうものだから、拒むことなんて出来ないじゃない?その代わり、一人でいるときにはそれを忘れてしまうこと。君に必要なものは集中力だよ。ヴァイオリンに向かう時間を増やせば、おのずと君の雑念は振り払われる、違う?」

そうですね・・・。殿下のおっしゃるとおりです。その言葉を殿下におっしゃっていただけたことが大きいです。

「出来れば時々、殿下の声を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?殿下の声が大好きなのです」

・・・殿下は、もう勘弁してよ、とお腹を抱えながらお笑いになった。

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