僕は来年度予算の原案作りに携わることになり、日々勉強したり、資料を見たりしている。中川長官は実に細かいところまで見ていらっしゃるので、僕などはまだまだだ・・・と思うことが多い。・・・ああ、もうこんな時間だ。
図書室を後にして、自室に戻ることにする。・・・身体は疲れているのに頭が冴えてしまって、眠るのは難しそうだ。
とりあえずバスルームに向かい、温かいお湯につかる。
最近、バスルームで音楽を聴くのが好きだ。防滴音楽プレイヤーには、クラシックのアルバムが入っていて、僕を別世界に誘ってくれる。
・・・でも、こんなとき誰かが側にいてくれたら、と思う。他人のいざこざに巻き込まれるのは嫌いなくせに、いざ一人になると寂しさを感じる。かと言って、仕事がたまっているときには一人になりたいと思うのだから、僕という生き物は結構勝手なものだ。
有紗さんは素敵な人だけど、いつも一緒にいられるわけではない。僕だって周りのカップルを見ていると、デートだってしたくなる。でも今の僕には、有紗さん以外の人は考えられない。
もっと会ってほしい、という願いは叶えられない。でも別れるなんてもっと考えられない。・・・世の中うまくはいかないものだ、と考えるべきなのか、僕はまだまだ子どもだ、と考えるべきなのか。
気がつくと僕は、濃い霧に包まれた森の中にいた。昼間だとは思うのだけど薄暗い・・・というよりも、昼でも夜でもない幻想的な雰囲気が感じられる。
とりあえず僕は前に向かって歩いていく。・・・かすかに鳥のさえずりが聞こえる。ここはどこなんだろう?何故僕はこんなところにいるのだろう?
するとどこからか、僕の名前を呼ぶ声がする。誰だろう?僕の知っている人かな?辺りを見回しながら進んでいくと、だんだん声が近づいてくるのが分かる。
女の人の声だ・・・いや、女の子かな?希、と呼んでいる。
更に前へ、・・・木の切り株に躓かないように、でも出来るだけ速く前へ進む。
彼女が僕のことを待っているような気がした。助けてほしくて僕のことを呼んでいる気がした。きっと彼女もこの深い森の中で迷ってしまったのだろう。
その時、彼女の後ろ姿が見えた。・・・もう大丈夫だよ、今行くからね。
そして手を伸ばした瞬間、水飛沫がかかって現実に引き戻された。・・・なんだ夢か。
でも彼女は誰だったんだろう?・・・僕の知り合いではないと思う、今のところは。