沢渡くんがいない間を狙って、沢渡家でお昼ご飯をいただくことになった。
「すみません。わざわざこんなむさ苦しいところに」
「いえ。それよりも、相変わらず料理がお上手ですね。とてもおいしいです」
こういう家庭料理を味わえるのはとても嬉しい。
「ところであの・・・、希が何か問題でも起こしましたか?」
・・・祥子さんは心配顔で箸を手にしようとしない。
「違いますよ。今日は僕が勝手に、祥子さんにお目にかかりたいと思って伺っただけです。どうぞお楽になさってください」
はい・・・、とその表情が和らぐ。
「沢渡くんの様子はいかがですか?」
「相変わらずです。夕食は家族でとるようにしていますが、あまり話はしてくれません。それでいて、することがあるから、と、すぐに部屋に戻ってしまうんですよ」
・・・これでは、家にいる意味がないじゃないか。
「希も、合わせようとしてくれているのですよ。例えば、買い物に付き合ってほしいと言えば一緒に行ってくれます。でも普段は・・・。それでも、部屋にピアノを置いてからは、いい曲が流れてきて嬉しいんですけどね」
「彼はどんな曲を弾いていますか?」
「ごめんなさい、曲の名前までは分からないんですけど・・・、静かでムードのある曲が多いです。それもたまには、側で聴かせてもらいたいと思っているんですけど、なかなか入り辛くて」
・・・沢渡くんは、人前で弾くのも嫌いではないと思うんだけどなあ。でも曲調からすると、家にいる間のもやもやを晴らしている感じがしないでもないかな。
「沢渡くんは、祥子さんがお願いすれば何だってしてくれると思います。家族に対しては自己表現が下手なんですよ、どうしていいか分からない。だから、とりあえず何でも言ってみてください。もしそれで沢渡くんのバランスが崩れるようなら、僕が彼の相談に乗ります。また、祥子さんも全然遠慮しないでください。お互いをぶつけ合わないと、壁は越えられないのではないでしょうか」
祥子さんは小さくなって頷かれた。