僕は恋人がやってくるのを心待ちにしていた。恋人に誕生日を祝ってもらうなんて、初めてのことだ。
いつもよりいいスーツを着、髪型ももう一度確認して、彼女を待つ。
しかし入り口に現れた有紗さんは涙に暮れていた。
「有紗さん?どうかなさいました?」
「ごめんなさい、少しこのままで・・・」
ゴージャスなワンピースを着ているにもかかわらず、彼女は子どものように僕の胸で泣いていた。仕事で嫌なことがあったそうだ。・・・いつも大人の香りを漂わせている有紗さんでも、こんな風になることがあるんだ。しかも、その姿を僕に見せてくれた。
僕には彼女を守る義務がある、そう思った。陛下にも、今ならお話しできそうな気がした。
そして僕はピアノの前まで彼女を運び、いつも好きだといってくれる曲を演奏した。こんなことしかできないけれど、せめて有紗さんに対する僕の気持ちは精一杯示したいと思った。
「僕がついていますから、元気を出してください」
僕はいつも孤独だった。周りになじめず、自分の居場所をすっかり見失っていたとき、僕はいつも展望台で泣いていた。さみしくて、悲しくて、何もできない自分が悔しくて・・・。世の中には何10億もの人がいると教わった。でも、その中の誰も僕に優しくはしてくれない・・・そう思っていた。殿下にお会いするまでは。
今は、殿下や結城に加え、朝霧や兼古先輩、そして有紗さんが僕を癒してくれる。だから僕も、自分の気持ちに余裕があるときには、誰かに手を差し伸べてあげたいと思っている。
・・・目の前の有紗さんを幸せにしてあげられるのは、この僕だけだ。
「あなたに泣き顔は似合いません。僕が忘れさせます・・・」
また僕が抱きしめると、彼女は僕に身体を委ねた。・・・有紗さんさえいてくれればいい。それだけで、僕にとっては最高のプレゼントになる。今こうして一緒にいられること、そして僕が彼女を抱きしめてあげられること、これ以上の喜びがどこにあるというんだ?
「誕生日おめでとう」
ありがとうございます。…この日のことは一生忘れない。