「朝霧、ヘルプ」
僕はたまらずに朝霧の部屋に駆け込んだ。考えれば考えるほど分からなくなって、このままでは爆発してしまいそうになったのだ。
「僕に何ができる?」
「そうだな、まずは、今日の演技を客観的に見てどう思ったか、教えてほしい」
彼は、同じ舞台に立っているのだから、客観的にというのは難しいけれど、と前置きをしてから、今日はこじんまりしていたかも、と言った。
「でも本番できちんとした演技を見せてくれれば十分なんじゃないかな。全然余裕がないみたいに見えるよ」
「うん、でもそれだと部長が安心してくれないんじゃないかと思って。現に昨日だって、敢えて僕たちに注意したわけじゃないか、まだ信用されていないのかなって気にもなるよ」
ちょっと落ち着いてよ、と朝霧は僕の肩に手を置いてから、ピアノの前に座った。・・・ピアノ?
「下手だけど、よかったら聴いて」
いやいや、それはヴァイオリンに比べたらという話で・・・、それでも僕よりははるかに上手なんだけど・・・、この曲は!
僕が大好きな曲で、よく弾く曲。・・・でも、僕の演奏とはまるで違う曲のように聞こえる。そう、僕の演奏は誰かに聴かせるためのものではないので、その時の気分のまま弾く。でもそれが度重なると、曲本来の姿を見失ってしまうようで・・・。
朝霧の演奏ではそれほど悲愴的になりすぎず、楽曲の素晴らしさを前面に押し出した模範的なものになっていた。何だか僕は、この曲に対して随分と失礼なことをしていたようだ。ただ感情をぶつけるためだけにこの曲を選んでいたようで、恥ずかしい。
「沢渡も弾いてみる?」
「同じ曲を?」
「ぜひ」
え~、僕は朝霧みたいには弾けないよ。でも、いつもとは違った弾き方も試してみたくなった。
そして僕は挑戦する。芸術的に演奏することだけを考えて・・・。
同じ曲に違うアプローチをするというのは新鮮な感じがする。今までの既成概念を取り払い空っぽな気持ちに戻るというか、遠回りしていた分曲の本質を見極められるというか。
「なかなかよかったよ」
曲が終わると、朝霧が拍手をしてくれた。
「ちょっと違うことに集中してみるのもいいんじゃないかと思って」
そうだね、同じことだけにとらわれていると、身動きが取れなくなってしまうよね。その提案に感謝。