今日は、部員全員で部長のお母さま原作の舞台作品を観に行くことになった。一旦着替えてから劇場に集まると、すでに1年生は全員集まっていたが、・・・川端さんは一人でポツンとたたずんでいることに気がついた。オーディションのときの迫力とは大違いで、普段の彼女はおとなしく控えめな女の子のようだ。でもここで声をかけたりしたら、去年の二の舞になりかねない。
「朝霧、彼女に声をかけてきてあげて」
僕にはそれが精一杯だ。
当の舞台のほうはとても面白くて、スタンディングオベーションがあちこちで起こっていた。僕としては役者の演技に興味があるので、特定の人の仕草や目線の使い方などをじっくり研究させていただいた。
感想はまた明日の部活で話し合うことにして解散。朝霧はヴァイオリンの練習をしたいから帰ると言ったが、僕は部長のお誘いに乗って、たまたま今日いらしているというお母さまへ、挨拶をさせていただくことにした。
関係者以外立ち入り禁止の扉を抜けて、僕たちはバックステージへと入っていく。初めてのバックステージ。さっきまで舞台で演じていた役者さんたちが、普通に廊下を歩いている。プロの方はどんなメイクをされているのだろうか?何日も続く公演中のコンディション維持に、何か秘訣があるのか?聞いてみたいことは山ほどあるけれど、所詮僕たちは部外者。お疲れのところを邪魔してはいけない・・・。
なんて余所見をしていたら、出会い頭に人とぶつかりそうになってしまった。
「すみませ・・・」
あ。
「沢渡くん!?」
殿下。こんなところで僕の名前を呼んでくださると、マズイことになるのでは・・・。案の定、僕の前を歩いていた部長と兼古先輩が振り返り、ギョッとしていた。
「こんばんは。清水さんと兼古くんだね、初めまして響です。沢渡くんがいつもお世話になっていてありがとう」
殿下はにこやかに先輩方に声をおかけになり、一緒にいらしていた舞さんを紹介される。その間先輩方は、どうしてご存知なの?と目をぱちくりさせるばかり。すると殿下は僕に近づいてこられ、
「ごめん、こんなところで会うなんて思ってもみなかったから驚いたんだよ。いい機会だから、清水さんと兼古くんには話してしまいなさい。君の話によると、二人は信用できそうだからね」
本当にごめん、と殿下は僕に両手を合わせて、でも楽しそうに舞さんと去って行かれた。