「まったく響のヤツは、今までの俺たちの苦労を水の泡にしてくれやがって・・・」
もういいよ、それは。昨日は殿下が散々謝ってくださり、その後には殿下と結城による大人気ない口論が果てしなく続いたのだった・・・。僕としては、隠し事をしなくていいということは、気が楽でいいことだと思うのだけど・・・。
「いつまでもしつこいと、僕に嫌われるよ」
とうとう呆れて口に出すと、結城は食事の手を止めて笑顔を向けてきた。
「おっ、お前も言うようになったな~。確かに、お前には嫌われたくない。でも、響がやることがいつでも正しいなんて思うなよ」
「でも今回は僕にとって都合がいいことなんだから、それでいいじゃない。それよりも、今は新しい役について考えなければいけないんだよ」
実際、昨夜は部屋でしばらく目を閉じてみた。自分の部屋の中はなんとかなったけど、外に出るのは怖かった。それに、今は練習として一時的なものだと分かっているから平気だけど、それがこの先ずっと続くことを想像してみたら、絶望的な気分になった。
「今度はどんな役なんだ?」
そうかまだ言っていなかったんだ。
「まだ脚本が完成したわけではないそうなんだけど、事故で失明した男の役だって」
あ~、でも言ってしまうと格好のネタを提供してしまうことになるのでは・・・。案の定、結城の目の色が変わった。でもどうせいつかはバレてしまうことだから、ね。
「それは練習を積まないとな。俺が介抱してやるぞ」
「そうじゃないでしょ。実際そういう方がいらしたら、生活の様子を見せていただきたいと思っているんだけど」
「でも、目が見えなくなったことで動揺したり絶望したりすることがメインなんだろうから、それはお前が感じたまま表現すればいいんじゃないか?下手に体験したりしないほうがいいと思うけど?」
それはそうかもしれない。じゃ例えば・・・、今目の前にしている食事は・・・、見えなくなったらどうやって食べるのだろう?パンならちぎって食べればいいが、料理にはどうやってフォークを突き刺せばいいのだろうか。
「食べさせてやろうか?」
だからそれはやめてって。フォークに刺してくれさえすれば、後は大丈夫だから。・・・そして結城は僕の隣に椅子を持ってきて、フォークを持った僕の右手を包み込んで移動させ、何かを刺した。手ごたえからして肉のようだ。後は自分で口に運ぶ・・・おいしい。肉汁とスパイスの効いたソースが絡み合った柔らかい肉が、口の中で蕩けていく。
今までこんなに味わって食べたことなんてなかったかもしれない。これは新発見だ。