「沢渡さん、終わりました」
ヘアメイクの仲野さんに言われて目を開けると、普段の僕とは一味違う華やかな出で立ちの僕がいた。僕はメイクしてもらうとき、いつも目を閉じている。その間は仕事についていろいろ考えているのだけど、目を開けたときに普段と違う僕を確認すると、その瞬間パワーアップした自分になれるような気がするのだ。
白いシャツに濃いブルーのリボン、黒のパンツに燕尾服風の白のロングジャケットを合わせる。今日のヘアースタイルは、後ろは下ろし、サイドの髪を後ろでまとめたもの。
「よし、今日もイイ男に仕上がったな」
姿見越しに結城が登場し、僕の目の前に立つ。そして上から下までCTスキャンのようにじっくり見た後で、髪を乱さないようにそっと僕を抱き締める。
「頑張ってこいよ」
耳元で囁き、頬に軽いキス。・・・抱き締めてもらえると落ち着くことは認めるけれど、仕官たちの前ではやめてほしい。そう何度も言っているのに、聞き入れてはくれない。まあ、仕官も慣れたのか、さして気にも留めない様子で各自の仕事を続けているから、僕としても平然と振る舞うようにはしているけれど・・・。
今日はロマノ共和国の首相と数名の閣僚をお招きしての晩餐会。両国代表のスピーチの後は、バイキング形式で食事を取りながら、歓談が始まる。
「初めまして、沢渡さん」
ロマノ語で話しかけられ振り返ると、ロマノの経済流通長官が立っていらした。
「こちらこそ、初めましてイネスさん」
「綺麗な発音をなさいますのね。お噂は伺っております、お若いのに優秀でいらっしゃると」
「光栄です」
真っ赤なドレスのカットがシャープで、いかにもクリエイティブだということをアピールしているかのようだ。こちらこそ、やり手の長官だと伺っておりますよ。
「それではお近づきのしるしに、ロマノのフルーツで作ったワインをどうぞ。少しくらいよろしいですよね」
少しくらいなら・・・。そして長官と乾杯しいただくと、甘さが口いっぱいに広がった。少しならばいいけど、たくさんはいただけない。・・・甘い、物凄く甘い。身体が一気に熱を帯び、視界が歪んでくる。でもこのくらいで酔うか?普通。いくら僕がアルコールに弱いと言っても、たったの一口じゃないか。
「ちょっと、失礼します」
おかしい、何かがおかしい。それでも何とか平静を装ってドアの外に出たが、・・・意識が薄れていってしまった。