何故か、目が見えなくなってからは以前ほど取り乱したりしなくなった。もちろん、目覚めてからしばらくはパニックに陥ったけれど、自然と前向きに物事を考えられるようになった。それは演劇のおかげだと思う。役の彼もそうだ。一時は自殺までも考えた彼が、周囲の協力もあり明日へと新たなる一歩を踏み出していく・・・僕のことを心配してくれる人はたくさんいる。その人たちのためにも、強くならなければ・・・。
再試験は明日ある。加藤では勉強相手としては物足りない、と思っていたら有紗さんが来てくれた。実は先日から、加藤が休んでいる間などは有紗さんが来てくれている。少し前まではしばらく会わないことにしていたはずなのに、僕の目が見えなくなってからは当たり前のように面倒を見に来る。それが何故か僕にとってはとても嬉しく、自然のことのように感じられている・・・そのせいもあり、気持ちが落ち着いているのかもしれない。
ただ、数学は頭が痛い。見えないのでは図形問題は理解が困難だし、計算も、暗算するには限界がある。普段は数学が得意なだけに痛い。式を答えるのが精一杯かな?
「希、このくらいにしたら?3時間もぶっ続けよ」
嘘・・・、もう3時間も経ったの?
「すみません有紗さん、わざわざありがとうございました。後は加藤に頼みますので・・・」
「そんなに遠慮しなくてもいいわよ。私が好きでやっていることなのだから・・・」
近づいてくる気配がしたかと思うと、指で首筋をなでられ・・・反射的に身を引いた。
「やめてください有紗さん、これはフェアじゃないですよ。ただでさえ見えないことで普段使わない感覚を使って、疲れているんですから」
「だったら余計に、その緊張から解き放たれることが必要じゃない?感じるままに、ね」
そうは言っても・・・。拒みたいのだけど、拒みたくない気持ちもある。今部屋には他に誰もいないはず、でも3時間経ったということは今11時ごろということで・・・まだ早くない?そうじゃなくて、避けようにも何処にどう避けたらいいか分からなくて・・・、と戸惑っているうちに熱いキスを受けた。
「あっ」
甘やかな眩暈がして、身体がソファーへと深く沈みこんでゆく。それと共に有紗さんの体重がかかってきて、身動きが取れなくなる。
今まで感じたことのない熱いうねりが本能を呼び起こす。・・・見えなくても抱けるか?・・・やってみなければ分からない。今しか出来ない体験をしてみるのもいいに違いない。
「痛くしたらすみません」
「いいわよ、合わせるようにするから」
よし、と意を決して彼女を抱きかかえ、身体を反転させる。