6/11 (土) 22:00 焦り

地区予選まであと一週間、この週末の合宿で今までの遅れを取り戻すことになる。僕は帰国するまで他の部員たちとはほとんど連絡を取っていなかった。でも僕は僕なりに自分の役のことについては大いに考えていたので、それを一昨日からぶちまけている。僕としては、僕にしか知り得ないリアルさを全面に出し、それに部長から修正を加えてもらうことで、作品として仕上げるということを考えたのだ。

夜、みんなは殿下の婚約のことで盛り上がっていた。兼古先輩が生徒会長つながりでインタビューに答えた模様がテレビで流れたものだから尚更。でもその中で僕は焦りを感じていた。とにかく自分の演技のことが不安でたまらないし、これだけため込んでいたエネルギーのやり場にも困っていた。

「沢渡くんが思っているよりも完成には近づいていると思うわ。その焦りが逆効果に繋がることがあるかもしれないわよ、だからまずはリラックスして」

部長がソファーにたたずんでいる僕に気づいて、隣に来てくれた。僕にも分からないではない、激しい役を演じていることで自分自身まで不安定になっているのであろうということは。しかし、現実的に視力が回復したのでこれは役だと割り切れるようになってもいいはずなのに、気持ちは落ち着かないままというのはどういうことなのだろうか。

もちろん、しばらく仕事から遠ざかっているという焦りもあるし、有紗さんとの関係が微妙なことになっているという自覚もある。でも僕としては演劇の練習をすれば気持ちが落ち着くだろうと思っていた。何故なら、目が見えなくなっていた間に唯一集中して取り組むことができていたのは、この役のことだから。そのときに考えたことを実際に形にできれば、満足できると考えるのが当然だからだ。

「僕としては、今まで考えたあらゆるアイディアを出せたと思うんですけど、まだ不安なんです。まだ何かできるんじゃないかと、気持ちが先走りしてしまうんですよね」

「沢渡くんの気持ちは分かるけど、私にも今夜一晩時間をもらえないかしら?あまりにもたくさんのことを一気にまとめようとすると、余計に行き詰まってしまう気がするのよね。お互いクールダウンしましょう。私たちだけでなく、部員全員に休養が必要よ。だって今回の作品はかなり重いでしょ、みんなもしんどいと思う。・・・だから、今こんな風に違う話題で盛り上がっているのよ」

そんな・・・、もちろん僕も殿下の婚約のことは嬉しいけれど、地区予選にはその殿下が舞さんと見に来てくださることになっているのだ。中途半端なものは見せられない・・・。

「ちょっと風に当たってきます」

これ以上みんなに迷惑をかけられないから、僕は外に出て頭を冷やすことにした。

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