「沢渡、起きているなら練習に付き合って」
よく眠れないままぐだぐだしていたら、同室の朝霧から声をかけられた。この場合練習とは、演劇の、ではなくヴァイオリンのだ。やはり夏のコンクールのためかなり練習しているようで、今回の合宿にはヴァイオリンを持参していた。昨夜もこっそり外に出て行ったままなかなか帰ってこなかった。
「うん、いいよ」
クリウスは敷地の半分が森だから、宿泊施設を出てしばらく歩くと辺り一面が自然に囲まれる。朝のひんやりとした空気の中、かと言ってこの森の中では伴奏することはできないので、僕はただベンチに座って朝霧が弾くヴァイオリンの音色に耳を傾けていた。
こうして聴いていると、彼は演劇とヴァイオリンをまるっきり切り離して考えているわけではないということに気づかされる。役の彼は死期間近の青年で、劇中に志半ばで亡くなってしまう。そのせいもあるのか、彼の音色は以前よりも増して芯が通っているというか、生きたいという意志がみなぎり、エネルギッシュに感じられる。
役の僕は、彼の分も強く生きなければ、と思うわけで・・・だったら僕も、一歩ずつ着実に前進していかなければならないのではないか?こんなにも現実と役がシンクロしてしまっている今は尚更、僕が演じるというよりも台本通りに生きてみるのもありかも知れない。これも何かの縁だ・・・。
「今までとは違う演奏だったね。新しい朝霧を見た感じがするよ」
素敵な演奏に拍手を贈ると、しかし彼の表情は苦笑いへと変わっていった。
「先生からは華やかさが足りないって言われている。あまりにも一生懸命な感じが前に出すぎていて、聴く側に余裕を与えないって」
・・・確かに、言われてみるとそうかも。審査員の方々は結構年配の人が多いから、下手すると心臓発作を起こす可能性があるかも。
「今の僕には役のことがとても大きいからしょうがないよ。でも沢渡も無事に完治したし、殿下も婚約されたことだし、お祝いムードを曲の中にも表せたらいいと思っている。・・・地区予選で優勝できたら、それもね」
「ねえ、率直に答えてほしいんだけど、僕は空回りしている?」
朝霧は、う~ん、と唸って、僕の隣に腰をかけた。
「確かにらしくないところはあるよ、冷静さを欠いているところとか。でも空回りしているとは思わない。いろんなことがあって、まだ心の傷が癒えていないんだよ」
そうなのかなあ・・・。じゃあ、優しい曲を弾いてほしいな。