地区予選では優勝できたものの、全国大会となると更にハードルが高くなる。だから、予選の時の評価を参考に、あれこれ手を加えることになった。・・・もちろん、沢渡先輩の演技が高評価に繋がったわけだけど、兄妹のやりとりがとてもよかったという意見もたくさんあったということで、1シーン増やすみたい。
「例えば、お兄ちゃんのためにデザートを作って持って行くというのはどうですか?」
「うわ~、いいね、それ。病院というと食事がまずいってイメージがあるからな」
兼古先輩も賛成してくれた。
「え?病院ってご飯がおいしくないんですか?」
・・・沢渡先輩!?思わぬ展開に、部員のみんなが振り返る。そしてその様子に驚く先輩。
「そうか、お前はよっぽどいい病院に入院していたんだな。まさか病室にグランドピアノが置いてあって、練習してきたわけじゃないだろうな」
「あの・・・グランドピアノというわけにはいきませんでしたが、ピアノはありました」
先輩凄すぎ!
「まあ、それくらいされて当然か。大変だったもんな」
兼古先輩がポンポンと肩を叩いて、その話はそれで終わりになった。・・・今の何?
「先輩ってどんな部屋に住んでいるんですか?」
沢渡先輩が焦るところなんて見たことがなかったので、二人になったときに聞いてみた。
「ゴメン、勘弁して。さっきは失敗した」
これ以上落ち込ませないでくれ、と言わんばかりの先輩の様子に、私のほうこそ失敗してしまったみたい。でもこの間から思っていたことがある。
「地区予選が終わったら、ちょっと落ち着いてきましたよね。この間までは本当にどう声をかけていいか分からなくて、困っていたんです」
今は、以前よりも親しみを感じられる。
「役を引きずってはいけないと分かっていても、あまりにも自分とリンクするところがあったから、どうしようもなかったんだよ。それが、地区予選である程度認めてもらえたことで安心したのは事実だ。でも、全国大会で優勝するためにはそれこそ全身全霊をかけなければならないと思うんだ。・・・君に、そう見えたのなら気をつけるよ。集中力が欠けてるってことだよね」
あ・・・いえ、私はそんなつもりでは・・・。
「部活の時は部活の話だけにしよう。勝手なことを言ってゴメンね」
「すみません、私のほうこそ」
先輩がそこまで真剣に取り組んでいるのに、私は先輩の邪魔を・・・。私のこと嫌いになったんじゃないかな?もう電話はしてもらえないかも。