「うまくいったね」
二人きりの音楽室。私のピアノ演奏は何とか認められたみたいで、連弾版の楽譜を見ながら一緒に合わせることになった。
「といっても素人の僕の言葉にはあまり説得力がないし、目隠しをしたまま弾けるかどうか、僕のほうが危機的だけどね」
そんな・・・。先輩は地区予選のときも見事に弾きこなしていたから、きっと大丈夫ですよ。ふと見上げると先輩のまなざしとぶつかってしまい、慌てて目をそらした。
「まだ僕のことを見るのは苦手?・・・僕も嫌われたものだよね」
嫌いだなんてとんでもない!
「違いますよ。・・・先輩に見つめられるとオーディションでのことを思い出してしまうんです。あのとき、演劇の経験なんて全然なかった私なのに、先輩に見つめられたらその世界に一気に入れてしまったんですよ。先輩の、傷ついた、悲しそうな目を見てしまったら、私もとても辛くなってしまって・・・」
気づいたら泣いてた。そんなはずはないのに、私が先輩のことを傷つけてしまったみたいで悲しくなった。
「何て言うか、先輩って眼力が凄いですから、まともに見られないんですよ」
「じゃあ、目を閉じててもいいよ」
え?・・・目を閉じるんですか?・・・すると、唇の端に柔らかな感触が伝わってきて、思わず目を開けた。・・・キス!
「今の僕は、傷ついていないし、悲しくもない・・・嬉しいんだよ」
確かに、先輩の目は優しく微笑んでいた。・・・先輩って笑うんだ。クラスの子は、沢渡先輩って笑わないのかな?って本気で心配してた。その笑顔はとても素敵で、温かさに溢れていた・・・その目が私だけを見ている。
「君のことが好きなんだ。付き合ってくれないかな、深雪」
え、え~~~~~~~~~~~!
頭の中が真っ白になった。先輩が私のことを好きだなんて・・・そんなこと信じられない。しかも、深雪って名前を呼び捨てにして。
「最初は君の演技に惹かれているのだと思っていた。オーディションのとき思わず腕をつかんでしまったのも、君の演技力ゆえだと思っていた。でも電話で話すうちに君のことが少しずつ分かってきて、ますます興味を持った。だから、付き合ってくれないかな?」
「本当に、私とですか?」
「他の誰でもない、君と」
ええ?・・・あ、あの、・・・あ、これって返事を待ってるってことですよね。・・・先輩のまなざしはいつの間にか強くなり、断れない雰囲気を作っていた。
「は、はい。私なんかでよければ」
すると、よかった~、と無邪気な笑顔に変わって、私にもう一度キスをしてきた。信じられない。