先輩は宮殿に住んでる・・・というのは、よくよく考えてみると凄いこと。この間殿下がご婚約なさったときに経歴が紹介されていたのだけど、超難関である入宮試験を突破して入宮!というナレーションが入っていた。でもそのとき、高校を卒業しないと入宮できないとも言っていたような気がするんだけど!?どういうことなんだろう?
部活は明日からしばらくお休み。ということは、先輩ともしばらく会えなくなるということ。
「ちょっとピアノを合わせてみない?」
そのお誘いに乗らないわけはない!
でも先輩のまなざしはとても真剣で、本当にピアノの練習を目的としているようだったから、私の気持ちは一気に引き締まった。
「できれば手短に済ませたいから、集中してね」
はい。・・・先輩は目を閉じて最初の音の鍵盤を探り、手を止めた。
「まずは少しゆっくりめにね」
はい。・・・そして私が伴奏を始めると、先輩の指が軽やかに舞った。・・・私のほうがしっかりしなきゃいけないのに、先輩のほうが完全にリードしている!
「もっとしっかり弾いてね。でもあくまでも気持ちは軽やかに」
はい。・・・先輩は本当に見ていないのか、と思ってしまうほど完璧。に対して、私のこのザマは何?ああ、先輩に告白されたことで調子に乗ってしまっていたのね。クライマックスのピアノ演奏が中途半端なものでは、全国大会で優勝できるはずがない。
「すみません。・・・次回までにはしっかり練習してきます」
「そう願いたいね。今忙しいせいで練習時間を割くのが難しいんだけど、試験明けには先輩方にも聞いていただけるような演奏にしたい」
はい・・・。先輩はそそくさと立ち上がって、脇に置いてあったジャケットに右腕を通したのだけど、まだ左腕は吊ったままなので、「あ、ゴメン、肩にかけてくれる?」と言って、少し膝を折った。
先輩は肩幅が広くてカッコイイなあ。・・・その後ろ姿にドキドキする。でも私は、先輩をガッカリさせちゃったのよね。先輩が振り向いたとき、どんな顔をしたらいいのか分からない。
「深雪・・・そんな顔しないで。しばらくは面と向かって会えなくなるのに、こんな別れは嫌だよ」
「すみません、私のせいで・・・。先輩といるとドキドキしちゃってうまく弾けなくて・・・あ」
そっと抱きしめられて、それ以上何も言えなくなってしまった・・・。
「その気持ちは嬉しいけど、全国大会でいい演技ができなければ、何の意味もないよ」
そ、そうですね。泣いている場合じゃない。今はしっかり、役作りに励まないと。
「その代わり、満足のいく演技ができたら、二人でデートしよう。それまでお互い頑張ろうね」
先輩は、私の頬にチュッと口づけて去っていった。