7/10 (日) 23:00 二人の距離

そして聞いたのは、沙紀先輩の友達であり演劇部の先輩にあたる上柳さんという人が、沢渡先輩に恋をしたのだけど報われず、クリウスには居辛くなって転校してしまったという話だった。部長は、「好きになるかどうかは自分でコントロールするものでもないから、誰のせいでもない」と言っていたけど、実は沢渡先輩にまつわる恋愛トラブルはこれだけではないらしく、当分は内緒にしておいたほうがいいだろう、とのこと。

つまり、先輩のことが好きな人はたくさんいるわけで、私なんかが愛されててもいいのかな?という気になる・・・先輩は自信を持っていいと言ったけれど、・・・自信なんて持てないよ。

“そんなに僕の言葉が信用できないの?だったら何度だって言うよ、僕は深雪のことが好きだ”

そう言ってくれても、実感が湧かないというか何というか・・・。

“じゃあ聞くけど、深雪は僕のことを好きじゃないの?”

「・・・好きです。でも、先輩は雲の上の人みたいな感じだから、テレビの中の芸能人を好きになるのと同じレベルなんですよ」

・・・電話の向こうが押し黙る。・・・何も聞こえない。

“分かった。今から外に出られる?会いに行くよ”

「でも・・・、私は普段夜に外に出たりしないから、親が怪しむんじゃないかと・・・」

“僕に会いたくないの?”

先輩は強い口調で言った。・・・いえ、会いたいです。

“だったら、君も行動に移して。分かった?・・・30分後に、君の家の近くのコンビニで”

・・・ドキドキした。まず、先輩がイラついたような声で言ったこと、そして夜中に家を抜け出したこと。どうせ親は私のことに興味なんてないから、メイドさんに、犬の散歩に行ってくる、とだけ言った。

「会いたかった」

先輩は、私がコンビニの駐車場に着いたときにはすでに待っていて、ゆうこと共に車に乗せられた。

「どうしたら実感してくれる?僕は君のことが好きな、ただの男なんだよ」

そしてきつく抱きしめられた後、深く深いキスをされた・・・息ができなくて、頭の中が真っ白になる。

「力を抜いて・・・、僕に身を任せて・・・」

そう言われても・・・。すると先輩は、ふと手を緩めて、顔を背けた。

「こんなことをしても君を追い詰めてしまうだけだね。・・・ゴメン、好きだって気持ちが先走りしてしまって、どうにもならない」

その先輩の横顔は、まるでオーディションのときのように、傷ついて寂しげだった。・・・私が!こんな風にしてしまったんだ!

そう思ったら急に、先輩の気持ちが痛いほど伝わってきた。先輩は嘘みたいだけど私のことが好きで、私のことを大切に考えてくれている。よく見ると、先輩はネクタイを緩めてはいるもののスーツ姿で、近づくと煙草の香りがした・・・まだ仕事をしていたのかな?でも、私のために来てくれた。そして今、苦しそうに目を閉じて、深く息を吐いている。

「すみません、そんな顔をしないでください。・・・いけないのは私のほうです。本当にこういうのに慣れてなくて、どうしたらいいのか分からないんです」
「じゃ、深雪からキスして」

え?キスって。・・・そして先輩が正面から私を見る。先輩の感じだと、頬ではなく唇にしてほしいということなんだろうけど、だからその・・・、それには抵抗がありますって。

でも、私からするまでは動かないぞ、という先輩の様子に、じっとしているわけにはいかなくなった。・・・どうしたらいいんだろう。すると先輩が目を閉じて、身を傾けてきた。・・・うっとりするくらい綺麗な横顔、私は右手でその頬を支えて、唇の端にキスをした。

「愛してる、深雪」

目を開けた先輩のあまりの近さにドキドキしたけれど、目を閉じればいいんだということに気づいて、私は先輩に身を預けた。・・・優しいキス。そして、膝の上に乗せられて、後ろから抱きしめられた。・・・頼もしそうな二本の腕、そして首筋に少しくすぐったいキス。

「僕の体温が伝わる?」

「はい・・・、何だか落ち着いてきました」

腰に回された左手と、肩に回された右手に、自分の手を重ねる。・・・パパにだって、こんなことをされた記憶はない。でもとてもいい気分だった。先輩には、私の全てを受け止めてくれそうな、温かさがあった。

「先輩のことが好きです」

私は改めて、先輩を振り返りながら言った。・・・すると先輩は柔らかく微笑んで、甘いキスを投げかけてきた。

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