全国大会まであと2週間。今日から部活が再開するというのは前から分かっていたはずなのに、昨夜の仕事が終わったとたんに急に不安が押し寄せてきたので、朝霧の部屋を訪れた。しかし、彼もヴァイオリンのコンクールが近づいていてかなりナーバスになっている、そして僕は仕事のまっただ中。試験のために部活が休みだったので、お互い集中力が途切れてしまっていることがわかっただけだった。
他人の心配をする前に自分の心配をしなければ、と、朝から左腕を吊り、目には包帯を巻いた。でも逆に久々だから、見えないことが余計に怖く感じられる。その調子だ、自分をどんどん追い込んでいかなければ、小宮山は演じられない。部室でも、周りのみんなとは離れて座り、必要以上に話をしないようにする。
病室のシーン。早苗が見舞いに来る。
早苗(深雪):お兄さま、気分はどう?
小宮山(沢渡):別に変わらないよ。
早苗:今日はお兄さまに、家族からのプレゼントを持ってきたのよ。(包みを開ける)キーボードです。お兄さまはいつも目を閉じて気持ちよさそうにピアノを弾いていたから、これなら大丈夫だろうという話になって。
小宮山:・・・いいよ、お前が弾けよ。
山口(朝霧):(弱い声で)へえ~、小宮山くんはピアノが弾けるんだ。
早苗:とても上手なんですよ。私はお兄さまのピアノが大好きなので、また是非弾いてもらいたいんですけど・・・。
小宮山:弾けるわけないだろ。無茶言うなよ。
早苗:そんなことないと思うわ。練習すればきっと上手になるわよ、そのうちに左手も使えるようになるし。
小宮山:うるさいな、放っておいてくれよ!お前に何が分かるって言うんだ。
山口:小宮山くん、早苗ちゃんに向かってその言い方はないんじゃないか?それにやってもみないでそんなことを言うのもどうかな?君にはまだたくさん時間があるんだろ?僕にも聴かせ・・・て・・・よ。(急に気を失う)。
早苗:山口さん!山口さん!・・・(ナースコールを教えて先生を呼ぶ)
森川(兼古)が来て処置をする間、考え込む小宮山。・・・間もなく山口が息を引き取り、泣き出す早苗に腕を貸す。・・・が、一方でいらだちのために、ベッドに拳を叩きつける。
「はい、カット。・・・朝霧くん、ちょっと声が小さすぎたかしら?」
僕もそれは思った。本当に具合が悪そうな感じに聞こえて、一瞬ドキッとした。
「いくら小宮山が自分のことだけで精一杯だとしても、山口の声の様子に異変を感じないわけはないと思うんですけど」
「そうかもしれないわね、少しセリフを変えましょう」
「それはいいけど、山口が口を挟むのはもう少し後にしたらどうだ?小宮山がいらだってきた後のほうが、効果的じゃないか?」
「でもあまり二人で盛り上がられると、割って入るのが難しくなるんですけど」
「そうだよな~、でも一回全部試してみたらどうだ?雰囲気を重視して、アドリブでやってみて」
・・・活発な意見交換は続く。