今は夏休みだし、大会直前なので、昼間はほとんど部活。沢渡先輩は合宿のときからずっと役に入りっぱなしになっていて、休憩時間も目隠しを外さず、みんなからは離れていることが多い。
・・・そんな姿はとても痛々しく見える。相変わらず夏だというのに肌は白いままで、随分とスリム。左腕も、ギプスは取れたみたいだけど、まだ三角巾で吊ったまま。そんな沢渡先輩に朝霧先輩だけはいつも付き添っていて、あれこれと、でも自然に手助けをしている。・・・私に出来ることって一体何だろう?
「深雪ちゃんの今の表情は、沢渡くんを心から心配しているように見えるよ」
村野先輩が私の隣に来て腰を下ろした。
「これが私の素直な気持ちです。先輩がとても大変そうにしているのは分かるんですけど、下手に声をかけたら役作りの邪魔になってしまうし、もどかしくてたまりません」
「そうよね~。それもまた沢渡くんの狙いなのよね~」
え?狙いって何ですか?
「ううん、今のは気のせい。確かに、今の沢渡くんは部活を一番に考えているみたいだから、深雪ちゃんもまずは自分の心配をしたほうがいいわよ。深雪ちゃんがうまくできなかったら、沢渡くんは自分のせいだって責めてしまいそうだから」
そんなことはありません!・・・ってどっちが?私が失敗すること?それとも沢渡先輩が私の心配をしてくれること?何だか自分でも訳が分からなくなってきている。ここまで来ると、早く本番を迎えて楽になりたいという気持ちのほうが大きいかもしれない。
夜の電話は随分と遅い時間にかかってきた。
“ゴメン、起こしちゃったかな?”
「いえ・・・、でも大分眠いかも」
先輩の声にもやがかかっているみたい・・・。
“もう寝る準備は出来ているの?”
「うん、後は先輩の電話だけだったから」
“そうなんだ、じゃあベッドに入って、・・・明かりを消して”
「ううん、真っ暗だと眠れないから、スタンドはつけておくの」
“じゃあ、それでもいいよ。・・・僕のことを心配してくれているみたいだけど、僕は大丈夫だよ。このまま行けばきっと大丈夫、だから今日はゆっくりお休み”
受話器を通して、チュッとキスする音が聞こえてくる。
「うん、ありがとう・・・おやすみ」