今日は初めて、これまで練習してきたピアノを部員の前で披露することになった。うまくいかなければフリだけでもいいということだったのだけど、練習が進むうちに沢渡先輩が実際に弾くことにしようと言い出した。ホントはドキドキものなのだけど、先輩は見えていないのも関わらずパーフェクトだから、見えていて、しかもそれほど難しくないパートの私が間違えるわけにはいかない。
早苗:(兄にも弾いてもらえるよう、伴奏をして入ってくれるのを待つ)
小宮山:(最初は躊躇っているが、途中で意を決して、メロディーを弾き始める)
先輩の弾き方が、やり場のない気持ちを全部ぶつけたような感じだったから、いたたまれなくなった。練習のときと迫力が違っていて、思わずグッと来てしまう。
終わると部室内からは拍手が起こり、それが引き金になったのか、涙が止まらなくなってしまった。
「ゴメン、ちょっと感情的に弾きすぎたかな?」
先輩は優しく言って、みんなが見ているのに右腕で私を抱きしめてくれた・・・学校ではずっと私を遠ざけるようにしていた先輩からそんなことをされると、ますます涙が止まらなくなってしまう。
「深雪、ちょっと来て」
先輩が耳元で囁いて、私の肩を抱きかかえるように、準備室へと連れて行く。
「そんなに泣かなくていいよ、これはお芝居なんだから。・・・僕の目はまた見えるようになったし、腕だってもうすぐ治る、気持ちにも余裕がある。でも緊張感がなくなると困るから、みんなとはあまり関わらないようにしてた。それは僕のためだけじゃなくて、君のためにも」
私のために・・・。
「ただ、ちょっと効果がありすぎたみたいだね。役に入ってくれたのはよかったけど、はらはらと涙を流すくらいのほうが、綺麗に見えるよ」
あっ・・・、ふと先輩を見上げると、いつの間にか包帯は外していて、困ったように私を見ていた。うわ~、先輩の顔は相変わらず綺麗なのに対して、私の顔はきっと涙でぐちゃぐちゃだ。
「すみません」
急に恥ずかしくなって、先輩に背を向けた。ハンカチ、ハンカチは・・・、すると先輩がティッシュの箱を後ろから差し出してくれた。
「でも今の話は舞台の上でのことだから、泣きたくなったら個人的に僕を呼びつけてよ。部活中以外なら大歓迎」
そして、落ち着いたら帰っておいで、と言い残して、先輩は部室のほうへと戻っていった。