前回殿下に同行させていただいた時には完全に秘書としてだったが、今回は次期皇太子として、また次期財務長官として、いくつかの場で紹介していただけることになった。
「先に言っておくけど、お若いですね、などと言われた時に、わざわざ知識をひけらかすようなことを言ってはいけないよ。かと言って、まだまだ未熟者ですが・・・などと謙遜してもいけない。相手を褒めたり、当たり障りのない話題を提供したり、自然な形で話の矛先を違う方向に向けさせること。最初が肝心だから、頑張って」
はい。・・・僕が粗相をして殿下に迷惑をおかけするようなことだけはあってはならない。でもおそらく、僕のことよりは殿下が婚約されたことのほうが話題の中心になるとは思うので、あくまでも僕は控えめに、でもさりげなく存在をアピールするようにしないと・・・難しい。ただ今回の外遊の目的自体、視察や文化交流が多く、政治的な会議は一つだけなので、気が楽と言えば楽かもしれない。
まず最初に訪れた国では、ホーンスタッドでの暑さが信じられないくらいに、涼しい風が出迎えてくれた。しかし国土の大半が高地にあるこの国では、空気がやや薄いのが気になる。
「身体を鍛えるにはいい場所ですよね」
などと加藤は言っているが、どうかな?僕は大丈夫かな?
時差の関係で、僕たちとしては、かなり行動したあとにやっとオフということになった。え~と、ホーンスタッドは今何時かな?と、文字盤が二つある時計のうちの一つを見る。・・・真夜中というよりは明け方だ。電話は出来ないな。
「沢渡さん、少々お疲れも出ているようですので、今夜は早めにお休みください」
・・・何、そのタイミングは。
「僕が携帯を見ているから、そう言ってるの?」
「いえ、何をなさったとしても、そう申し上げるつもりでした。明日も朝から予定が立て込んでおりますので、殿下にご迷惑をおかけすることがありませんよう、お願いいたします」
・・・ふ~ん、どうしてもそこから動かない気?でも、メールくらいは送っておきたい。となれば、
「ここはお互い妥協しようよ。ビデオメールを撮ってくれない?素早く撮って送る、ただそれだけ」
「何をおっしゃっているのですか!このようなことが許されるはずがありません!」
「どうして?加藤が頷かないと、僕の寝る時間がどんどん減っていくんだけどな・・・」
沢渡さん・・・と、加藤はためいきをついた。僕が眠らないことには、加藤だって眠れないのだ。
「その代わり、明日は6時に参ります。早朝ジョギングをしましょう」
えっ・・・。ますます睡眠時間を減らしてないか?