出発が明日に迫り慌ただしいが、電話はかけておきたい。・・・事情は昨日話しておいた。でも彼女には実感が湧かないのか、これという反応は返ってこなかった。それもそうだろう、電話やメールは世界のどこにいても通じるのだから。
「ただ、時差があるし、仕事も忙しくなるから、いつも通りには電話できないかもしれない。そのときはメールを送るよ」
“あの・・・、あんまり無理しないでくださいね”
え?・・・僕としては、殿下とご一緒させていただけることはとても楽しみなのだけど?・・・どうも彼女には、僕が携わっている仕事というものが理解できていないらしい。普通の人なら、「凄いね~」と言ってくれるのに、彼女だけは反応が薄い。そういうところはミーハーじゃないみたい。
「違うでしょ、今は無理をしてでも、殿下から多くのことを学ばなければならない時なんだよ。殿下は一日が24時間じゃ足りないくらいに仕事をされているんだ、だから殿下より若い僕としてはもっと頑張らないと・・・これでも武術の稽古はいつもしているから、体力には自信があるんだよ」
“え~、そうなんですか!人は見かけによりませんね・・・”
「見かけによらないのは深雪も同じじゃないか。普段はおとなしいのに、名女優だし」
“それは役に入っているからで、本当の私じゃないですよ。ただ、別人になりたいっていう願望はあるかも”
例えばどんな?
“部長には憧れています。知的だし、大人っぽいし、親切だし・・・”
確かに、部長は素敵な人だ。
「でも、知的さとか大人っぽさとか親切さは、これから身につけていけばいいんじゃないのか?何も別人になることないんだよ、自分を少しずつ変えていくんだ。身近に目標とする人がいるなら尚更、いいところは見習って自分を磨いていく・・・僕はそうしているよ」
“先輩が尊敬する人って誰ですか?”
「学校ではやっぱり兼古先輩だね。演劇の面とか、生徒会長としての仕事面とか見習いたいよ。そして宮殿では結城と殿下。すべての面において素晴らしい人たちだよ。深雪には近々紹介するよ」
“もしかして、地区予選の時殿下が声をかけてくださったのは・・・”
「僕がお世話になっている面々に、直接会って話をされたいとのことで。お世辞抜きで、深雪のことを褒めていらしたよ」
キャー、殿下が、と深雪はミーハーな女の子にすっかり逆戻りした。・・・だからみんな、ホントに殿下に弱すぎ。そういう存在に僕もなれるかな?
「じゃあ、そういうわけだから、帰ってきたらまたデートしようね。お土産を買ってくるから」
“いえ・・・、そんなに気を遣わないでください。忙しいんですよね”
・・・だから、それは深雪の悪い癖。
「そういうところは遠慮しなくていいよ。僕が買ってきたい、ただそれだけだから」
“分かりました。じゃあ、待ってます”
よし。これで安心して殿下のお供が出来る。