8/6 (土) 22:00 白い炎

それは胸が張り裂けそうになるくらい悲しい話だった。ある女の子が大切なものをなくしてしまう。それをきっかけに彼女は人生の全てを捨て、それを求めて彷徨う毎日を送る。周りの人は最初彼女を心配するが、やがてだんだん彼女から離れていってしまう。追い詰められた彼女は、そのうち何を求めているのかすら分からなくなって、その場にうずくまってしまう・・・。

絵本を朗読するのは難しい。あまり感情を込めすぎると聞いている人の想像力をつぶしてしまうので控えめに、でもモーリス殿下が、折角演劇部の僕のことを指名してくださったのだから、期待に応えなければならない。そして技術的な問題として、絵を見せながら読まなければならないが、根本的に大人が相手だから絵本の世界にいかに入り込んでもらえるかが重要で、昨日はモーリス、響両殿下の前で何度か練習させていただいた。

「それで響殿下は、私たちがこの主人公のようだとおっしゃりたいわけですね」

閣僚が多く集まる迎賓館にて、口を閉ざしている国防長官に代わって総理がおっしゃった。

「いいえ、この女の子から大切なものを奪う側になりかねないと申し上げているわけです」

そこで珍しく、殿下は強い口調できっぱりと言い放たれた。

「戦争はやめていただきたい。そんなことをして誰が利を得るとおっしゃるのですか。私たちは同じ星に住んでいるのですよ、その仲間を危険な目に遭わせようとなさるのなら、私はあなた方の敵に回ります。ただし、民間人は絶対巻き込ませません!」

そして殿下が鋭い眼光で辺りを見回されると、しかし逆に、あちこちでコソコソ話が始まってしまった。まるでさっきの言葉を排除しようとするかのように。

「響殿下、別に私どもには隠し立てするようなことは何もございませんし、そのような言われ方をする所以もございません。どこかの国とお間違えではありませんか?」

何ですって!?よくもぬけぬけと。しかし殿下は落ち着いていらした。

「・・・そうですか、私の勘違いでしたか。それは失礼いたしました。私共は単に本の紹介をさせていただいただけでしたのに、総理があのようにおっしゃったものですから、疑ってしまいました。別に何もなければそれでいいのです。これからも御国が平和で繁栄いたしますよう、心よりお祈り申し上げます」

そしてグラスを掲げて、何事もなかったかのようにお酒を味わわれた。殿下の表情から察するに、今回のことは功を奏したと言ってよいのだろう。でも何だかすっきりしない、本当に大丈夫なのだろうか?

「今日できる限りのことはしたよ。近隣諸国の方々には親しくしている人が多いから、協力を仰ごう。モーリスが平和外交に興味を持ってきたのなら、今後は会議にも出席させないとね。もちろん沢渡くんのことも紹介するつもりだよ」

殿下はホテルに戻られてからも秘書にあれこれ指示をなさっていたが、その間ずっと冷たい表情をなさっているように感じた。それはそれは静かに怒りの炎を燃えたぎらせていらっしゃるようで、殿下の責任感の強さを肌で感じられる機会となった。

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