“希さん、ホントに怖いですよ。みんな、私じゃなくてよかったって言ってます”
・・・。
「失望させること言わないで。部長からは泣かせるくらい怖くって言われているのに、まだ実現できていないし・・・何かが足りないんだよ」
“もう十分です。私だったら絶対泣いてますよ”
「それもまた失望させる言葉だよね。相手が深雪だったら、もっと遠慮なく演じられるのに。・・・君はきっと、そのくらいしないと泣かないと思う」
役とは言え、女の子に対して激しい態度で臨んでいることに、少々心が痛む。その点、相手が深雪だったら、後で思いっきり抱きしめて慰めてあげることができるから、芝居のとき派手に泣かせても大丈夫なのに、と思ってしまう。・・・いやいや、こんなこと役者が考えることではない。私情を挟んでどうする。
“・・・希さんって、サディストなんですね”
「違うよ。それくらいしないと、兼古先輩に負けてしまうから」
“兼古先輩の天使はカッコイイです!みんなあんな天使についてもらいたいと思っていますよ”
「・・・悪かったね、悪魔で」
“違いますよ!私にとっての天使は希さんです。とっても優しいし、とってもカッコイイし”
「そうか?・・・僕には深雪が天使に見えるけど?」
“結城さんの間違いじゃないですか?”
・・・深雪も、すでに僕たちの構図を理解しているわけか。
「確かに、結城は僕のことを全て受け止めてくれる人だけど、深雪の存在は結城以上に価値がある。・・・愛しているんだから」
その温かいまなざしに、僕は守られているんだ。・・・でもその分、彼女のことを守ってあげなければ。
“そうだ、希さん。花火の日にはパパも家にいるみたいですよ。迎えに来てくれるついでに、話していきますか?”
「ああ、ぜひ。お土産を持って行こうと思うんだけど、お父さまは何がお好きかな?」
“意外と甘いものが好きなんですよ。ただ最近、体型を気にしているみたいだから・・・”
「分かったよ。パティシエに相談してみる」
“うわ、凄い!この間いただいた宮殿の料理、ホントにおいしかったですよ!あ、それと祥子さんのも!”
食品会社の社長だから、ここは気合いを入れて勝負しなければ。