実は演劇部の練習に頭を悩ませている。・・・どうもヒロインがしっくり来ない。
折角、沢渡が忙しい中時間を割いて部活に来てくれて、いい演技を見せてくれているというのに、それに張り合えるだけの力が彼女にはない。それは最初だけだろうと思っていたのだけど、美智の表情もずっと冴えないままだ。
「ちょっと止めて」
今日もたまらず、美智がストップをかけた。
「すみません、まだ僕に足りないものがありますか?」
・・・沢渡は、彼女をその気にさせられないのは自分のせいだと思っている。
「いいえ、そうじゃないわ。沢渡くんはよくやってくれてる。だから・・・深雪ちゃんちょっと来て。ヒロインのセリフは入っているかしら?」
美智、いいのか、お前。
「やってみましょうよ。私たちも後悔したくないし」
深雪ちゃんは、戸惑いながらも部室の中央に歩み出てきて、美智の指示を仰ぐ。台本を手にしていないところを見ると、台詞はすでに入っているようだ。そして沢渡といくつか確認事項を交わして、美智の声がかかるのを待つ。
「では行きます。よ~い、スタート」
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「はい、カット」
息詰まるような悪魔とヒロインの出会いの場面が終わると、深雪ちゃんは糸が切れた操り人形のように、その場にうずくまってしまった。周囲からも一斉にためいきが漏れる。
「大丈夫?」
すぐさま沢渡が膝を折って、深雪ちゃんの様子を伺う。・・・今回ばかりは、深雪ちゃんに少し同情したくなった。沢渡はこれまでとは異次元レベルの悪のオーラを出し、非道なまで徹底的に彼女を追い詰めたのだ。
「最初からこうしていればよかったのよ」
隣で美智が満足げに微笑んだ。
「深雪ちゃん、ヒロインはあなたにお願いするわ。そして沢渡くん、今までで一番いい演技だった、でもまだまだやれるわ。最初のセリフなんだけど・・・」
演出家魂に火がついたらしい美智は、深雪ちゃんの様子に構わず、二人にどんどん注文を出していく。・・・俺にはそれが沢渡よりも余程怖く感じられた。