8/27 (土) 13:00 口実

「悪魔には激しいヴァイオリンが合うと思うんですよね」

そんな沢渡の一言から、今や時の人となった朝霧が久々に部室にやってきた。当の沢渡は相変わらずすぐに帰ってしまったが、朝霧は時間があるということだったので、美智、村野さんと学食で昼食を取ることになった。

「先輩たちよりは沢渡のことを知っているつもりでしたけど、沢渡のあんな表情を見たのは初めてでしたよ。男の僕が言うのもなんですけど、ドキドキしますね」

そうだろう。でも最終的には俺が勝たなければいけないわけだから、その上を目指さなければならない。それにあたり、この間から思っていたことがある。

「朝霧、お前テレビ映りいいよな。普段のお前って、控えめでおとなしい感じがするのに、テレビで見るお前は、お前のよさが前面に出ているっていうか、キラキラして見える」

ありがとうございます、と笑う様子もまた今までとは違っていて、今微妙に距離を感じた。

「今までやってきたことが認められて嬉しい、というのもありますけど、メディアへの露出の仕方はしっかり学ばされるんですよ。・・・あ、もちろん沢渡は僕以上に学んでいますよ。例えば、沢渡の公式ポートレートはとてもいい出来です。殿下のご友人のカメラマンが撮ってくださったそうなんですけど、モデルみたいにカッコイイです。・・・そっか、そのおかげであんな表情ができるようになったのかもしれませんね」

・・・おいおい、俺は沢渡に勝つことができるのか?・・・やっぱり中途半端なままではいけないと思う。俺は演劇に興味があって、しかも幸運なことに俺のことを誘ってくれる人がいるのに、親父が定めた道を歩くなんて・・・そんなの生きているなんて言えない。俺だって、舞台の上では輝いているという実感がある、それに更に磨きをかけて何が悪いんだ!俺の人生じゃないか。

「兼古先輩は演劇を続けないんですか?本当にこれが最後の作品になってしまうんですか?」

不意に村野さんが尋ねた。それは・・・、反射的に美智の様子を伺うと、

「それは私の人生じゃないから、何とも言えないわ」

と、珍しく突き放すように答えられたことが、妙に頭に来た。

「お前な、いつも俺の人生について口出ししてくるくせに、何だよその言い方は!他人の前だからか?」

言ってしまってから、しまった、と思った。・・・この暑い最中に、冷たい汗が流れていく。

「今までずっと相談に乗ってきてあげたのに、そんな言い方ないんじゃない?決められないのは私の責任じゃないでしょ?」

「そうだな、悪かった」

そして誰もが押し黙って食事を続ける。・・・そうだ、決めるのは俺自身だ。でも親父の壁は高すぎる。・・・いや、そうやって口実を探しているだけなんじゃないか、この俺は。もっと前向きに自分の将来について考えなくては。

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