8/29 (月) 23:00 内情

1日に開く記者会見の打ち合わせに来られていた結城さんが帰られた後も、何となく部屋に戻る気がしなくてリビングにとどまり続けていた。・・・希が財務長官になる。まだ16歳なのに。

確かに希は僕の弟だけど、長い間離れて暮らしていたせいで、その間どう成長してきたのかよく知らない。今でも印象に残っているのは、希が幼稚園児の頃、僕のやることなすこと全てを真似しようとしていつもくっついてきていたこと。素直で従順で、いつも笑顔で「お兄ちゃん」と呼ぶ姿がとにかくかわいかった。なのに、いつの間にか僕よりも背が高くなり、俗人離れした容貌を持ち、僕のことを「兄貴」と呼ぶようになった。しかしそれでも、僕に向ける眼差しはあの頃と変わっていない気がする・・・いろんなことを身につけて、僕なんかには一生手が届かない地位を手に入れたというのに、憧れの目を向けてくれるのだ。

「護、飲まないか?」

親父がビールとグラスを持ってやって来た。オフクロは相変わらず、記者会見では何を着よう?とか考えているらしいが、親父の立場としては微妙極まりないだろう。優秀な息子に反して、ごく普通のサラリーマンのままなのだから。

「オフクロに話をさせると大変なことになるよ。その辺、しっかりしておいたほうがいいんじゃない?」

親父は普段から口数が多いほうではないから、会見が心配だ。

「しかし、何が話せる?あの子の生い立ちなら、結城さんに聞いてくれたほうがいい気がするけどな」

確かに。その間の沢渡家の事情を話してもしょうがないし。

「でも親父にとってもチャンスなんじゃないか?僕だって、希効果で仕事が増えるんじゃないかと楽しみにしているんだ」

最初は不本意だと思ったのだけど、注目を集められる機会を有効利用しない手はない。希だって王宮のスカウトがあったおかげで今に至るわけだから、僕も希をきっかけにして建築家としての知名度を上げたっていいはずだ。

「私は別にいい。ただ、祥子のことが心配なだけだ」

しかし親父は、あくまでも穏やかにそう言っただけだった。いつも物静かで、欲がなさ過ぎる・・・そんな親父のことが理解できない年頃もあった。でも親父は親父なりに僕たち家族のことを・・・特にオフクロのことを愛して支えてきたんだ、と今は思う。

希の入宮に合わせて親父は転職し、家族は首都に引っ越してきた。その後心に病を抱えたオフクロを献身的に看病し、俺を大学に行かせてくれた。趣味に興じることもなく、深酒をすることもなく、自分のことはいつも二の次にして家族に尽くしてきた親父・・・親父がオフクロのことを気にかけるのなら、僕は親父のことを気にかけてあげなければならない。

・・・実は、女性をそこまで愛することができることに、少し憧れていたりして。

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