財務長官就任後、沢渡先輩が初めて授業を受けに来た!と周囲のみんなは大はしゃぎ。どの学食を使うのか、とリサーチしているみたいだけど、私は希さんが学食に行かないことを知っている。
「普通に接する分には、全然問題ないわけだよね」
と希さんは、私を当然のごとく部室の隣の部屋に連れ出した。・・・相変わらずとても豪華なお弁当で、今日は私もごちそうになっている。おいしい。
「お仕事はどうですか?」
「・・・そう来たか。まあ忙しいのは事実だよ。今日の授業中も、僕は違うことをしてた。でも学校に来たことでいい気分転換になってるよ。ここ数日で凄くたくさんの人に会ったから、知った顔ばかりの環境というのは落ち着くね。・・・本当は深雪に会いに来てるんだけど」
もちろん、会いに来てくれることに対しては嬉しくないわけがない。こうして面と向かっていると、希さんはいつもと変わりがなくて、世間の注目の的であることは忘れてしまう。
「殿下から、生活のリズムを変えないほうがいいとのアドバイスをいただいて考えたんだ。仕事は仕事として大事だけど、できるだけ自分らしくいたい」
「希さんはいろんな顔を持ちすぎていて、どれが本当の希さんなのか分からなくなっちゃいます」
・・・この間まで私の顔を見てはニコニコしていた人が、今日は他の人と接するときとあまり変わらない表情しか見せてくれない。元はといえば私がお願いしたことだけど、希さんはそれでも平気なんですか?
「いや、深雪は本当の僕を知ってる。でも僕としても舞台は成功させたいから、リクエストには応えるよ」
そのとき希さんが、悪魔を演じるときに見せる不敵な微笑みを浮かべた。・・・背筋がゾクゾクする。
「逃げるなよ」
希さんは私の手首をつかんで、眼力を込める・・・。
「必要とあらば、オマエが嫌いなフリだってできる。・・・そういうこと」
・・・全部、私のため。
すっかり平静に戻って箸を口に運ぶ希さん。ワイドショーでは、ホーンスタッドで一番忙しい高校生、だなんて言われていたけど、私のためにこんなことまでしてくれる。・・・でもできるだけ手を煩わせないようにしないと。
「私、頑張ります。絶対に舞台で演じきってみせます」
「よろしくね」
はい・・・。本番まであと二週間。自分をコントロールできるようにならないと。