今日は朝霧が空いていたので、久々に『新たなる一歩』の練習に励んだ。・・・今度は僕が恐怖と絶望を味わう番だ。前にもそうしていたように、集中するためにみんなからは離れて座る。・・・そうだ、だから深雪に対する接し方もこれでいいんだ。『光と影』をやっているときには、彼女にも集中力が必要だ。だから、必要以上に話しかけることはない・・・今僕が、必要以上に話しかけられたくないように。
ただ、ラストシーンでの兄妹の連弾があまりも合わなかったことがショックだった。
「このあと少しいいかな?ピアノの練習をしよう」
「はい、・・・すみません」
僕は目隠しをしたままで深雪の肩に手を載せて、音楽室まで移動する。
「階段の始まりと終わりの時に、一瞬立ち止まってね」
音楽室へ向かうには、一階分降りなければならない。そういえば、僕は今まで深雪にエスコートしてもらったことはなかった。だからお互いの呼吸を合わせるいいチャンスだと思った。
「凄いですね、手が載っていないみたいに軽いですよ」
「信頼している証拠だよ。それに校内は大体勝手が分かるから、心配はしてない」
「すみません、・・・今日はたくさん迷惑をかけたのに、信頼してる、だなんて」
「まあ、久し振りだったからしょうがないところもあるよ。たまにはこっちの作品もやらないとね。でも、いい気分転換にならなかった?いろんな役をやれば自ずと、気持ちが切り替えられるものじゃない?」
そうですね・・・、と言って、深雪は立ち止まった。階段、か?手すりを探ろうとして、ちょっとバランスを崩してしまった。
「沢渡さん!」
後ろからついてきていた加藤が僕の身体を支えてくれたおかげで、倒れずには済んだけど、一瞬ヒヤッとした。
「あ、すみません!私、大変なことを」
「ううん、大丈夫。初めてだったんだからしょうがないよ」
目が見えなくなっていたときには、いろんなところにぶつかったり倒れたりしたことがあった。
でも、深雪になら身を任せられると思っていただけに、ピアノ演奏と共にダブルショックとなってしまった。・・・微妙に気持ちがすれ違ったままの僕たち。これも文化祭の公演が終わるまでのこと。
「ただ、このままだとお客さんをガッカリさせることになるじゃないか。全国大会で優勝したのに、この程度なのか、なんて思われたくない。君もそうだよね」
そして僕はまた、彼女にきつく言ってしまう。