それでも深雪は「ボディーガード」のことを気にしていたので、急遽部長のお宅で泊まり込みの練習をすることになった。
「沢渡が女に見えなくてやりにくいって言うのなら、1回俺にやらせて。コイツの“女”を目覚めさせてやる」
・・・先輩、それは深雪のためじゃなくて、単に先輩自身が僕をいたぶりたいだけなんじゃないですか?これまでも、事あるごとに、女装してみろ、とか何とか言ってましたしね。・・・でも先輩にはこれが演劇部としての最後の舞台になるわけだから、黙って応じることにする。
「それにしても綺麗な脚だよな~。そそられる」
僕のワンピース姿に、ご満悦の様子だ。
-希を薬で眠らせ監禁するシーン-
希:(目を覚ますと、柱にもたれ床に眠らされている。立ち上がろうとして、後ろ手に手錠をかけられていることに気づく)
兼古:お目覚めか?・・・でも残念ながら、オーディションには間に合いそうにないな。
希:ちょっと、早くこれを外しなさいよ。こんなことをして何になるって言うの!
兼古:(近づいてきて希の前にしゃがむ)お前の綺麗な身体を見ていると、この手で傷をつけたくなる。
希:(顔を背けて目を伏せる)やめなさいよ。あなたにそんなことをされる筋合いはない。
兼古:(手で希の顔をつかんで)こっち向けよ。そうやって拒まれると、余計に燃えるんだけど?(首を傾けキスしようとする)
希:(逃れようとしてもがく)離してよ。・・・いやっ、・・・あっ。
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「祐輔、そのくらいでいいわよ~。深雪ちゃんの参考にならなくなるでしょ」
「何だよ、つまんないな~。キスくらいさせろよ」
「僕には、人前でそういうことをする趣味はありませんから」
・・・マジでキスされるかと思った。深雪にそんなシーンは見せられない。
「じゃあ、深雪ちゃんやってみて。希ちゃんは大分ひるんでるみたいだから、今のうちにね」
部長もすっかり楽しんでるじゃないですか!
-深雪とのシーンは、本番まで内緒-
「先輩、血が出てます」
手錠を外してもらったら、いくつか小さな擦過傷ができていた。
「ああ、このくらい平気。それよりも、本番では本気で叩いていいよ。基本的にこの作品はお遊びだけど、要所要所では締めたいから」
「でも先輩の顔にそんなこと・・・」
「大丈夫。深雪相手なら結城も怒らないから」
「え?」
・・・あ、なんか余計なことを言ってしまったみたい。
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希さんはセクシーだった。それが明日になったら更に、メイクで化けちゃうんだろうな~。男の人なのにこんなに綺麗でいられると、自信なくしちゃうよ。
・・・一番最後にバスルームを使わせてもらってリビングに戻ると、そこにいたのは希さんだけだった。
「ああ、兼古先輩たちは学園祭疲れが出てるみたいだから、先に休んでもらったよ。・・・もうすぐ終わるからちょっと待ってて」
希さんは白いTシャツに黒いジャージ姿。髪は緩く結んだだけで、パソコンに向かっていた。・・・普段はこんな感じなんだ。いい香りがする。そして言葉通り、鮮やかな手つきでキーボードをしばし叩くと、パタンとディスプレイを閉じた。
「嫌がらせとかされてない?些細なことでも、何かあったらすぐに言ってね」
テレビのワイドショーでは、「沢渡長官に恋人発覚!」なんて見出し付きで紹介されていたけど、特に私の名前が出ていたわけではなかった。それよりも怖いのはクリウスの先輩方だけど、今のところ学園祭で校内が混乱しているせいもあるのか、そんな様子はない。一応言われたとおり、希さんといない間はいつも若菜といて、一人にはならないようにしてる。
「マスコミにはコメントしておいたけど、いつも一緒にいられるわけじゃないから心配だよ」
え?なんてコメントしたんですか?
「僕の大切な人だから、彼女がいじめられたりしないように、みなさんも目を行き届かせてくださいって」
・・・言っちゃったんですね。明日のワイドショーはどうなっていることやら。
「おいで」
と、希さんはパソコン片手に立ち上がり、私に手を差し出した。ごく自然にそこに手を重ねると、希さんが泊まる部屋に連れて行かれる。
「そんなに無防備でいられると、逆に少し気が咎めるんだけど、・・・抱いていい?」
え?え~~~!
「あの、私、そんなつもりじゃ・・・」
とは言ってみたものの、手首を捕まれ、腰も抱き寄せられ、すでに身動きが取れなくなっている。
「大丈夫、僕に任せて」
美しい顔が斜めに降りてきて、唇を割らせる。・・・深いキスに息ができなくなる。・・・私の中の何かが緩み始めて、崩れ落ちそうになる。
すると、希さんは私を抱きかかえてベッドに横たえた。・・・私は、希さんが服を脱ぐ様子を、映画でも観てるみたいに眺めていた。でも、希さんが覆い被さってきて私のパジャマに手をかけたとき、これは現実なのだと知った。
「あっ・・・恥ずかしい」
「まだ拒む気?・・・大丈夫だって、深雪は綺麗だよ。恥ずかしいなら目を閉じててもいいから、俺のものになってよ」
俺のもの・・・。そのセクシーな響きにグッと来てしまった。考えてみれば、これまで希さんのことをあまり男の人として見てなかったのかもしれない。希さんは凄い人だから、男性とか女性とかの垣根を跳び越えてしまっていた。でも今目の前にいるこの人は、紛れもなく男の人であって・・・、私はその人に抱かれていて・・・。
気がつくと眠ってしまっていたようで・・・、でも側に感じる体温が、やっぱり夢じゃなかったことを教えてくれる。綺麗な寝顔。いつもモーニングコールのたびに、希さんはいつ寝てるんだろう?って思ってた。この人もちゃんと寝てたんだね・・・、そしてツヤツヤの髪、逞しい腕・・・。うわっ、私も裸だ、恥ずかしい・・・。シャワーを浴びに行きたいと思ったけれど、身体を動かしたら鈍い痛みが走り抜けた。
「起きたの?」
うわっ、いつもは受話器から聞く超ハスキーボイスがすぐ近くから発せられたので、ドキリとした。
「あ、・・・はい」
「大丈夫?・・・できるだけ優しくしたつもりだったんだけど、痛かった?」
「はい・・・、現に今も」
ゴメン・・・と、希さんは横から私に抱きついてきた。・・・いやっ、そのっ、そうやって肌が触れあうとリアルな感触が急に思い出されてきて、余計に恥ずかしいんですけど。
「愛してるよ、深雪」
「私もです・・・、希さん」
そして優しいキス。でも、
「もういい加減、その敬語はやめてくれないか?折角一つになれたのに気分が盛り下がる。・・・ほら、希って呼べよ」
うう・・・、それはまだ難しいですよ。
「今更隔ててるものなんて何もないんだよ。お前と俺は対等、だから今後敬語は禁止、分かった?」
希さんも、自分のことを俺と呼んでいる。ここは言わなきゃいけない状況なのね。
「うん、分かった。これからはそうするよ・・・希」
「よし・・・じゃあ、もう少し寝かせて。まだ眠い・・・」
「そうですよね、体育祭もありますし、体力を温存しないと・・・、あ」
希さんは、手を解いて向こうを向いてしまった。
「ごめんなさい、まだ慣れてないからつい出ちゃうんです・・・あ、出ちゃうの。怒らないで。どうしたら許してくれる?」
「キスしてくれたら」
振り向いた希さん・・・希は、ここ、と唇を指さした。・・・はい、キス。・・・その瞬間にまた抱き込まれてくるっと回転、希が覆い被さってきた。