9/23 (金) 19:30 ボディーガード

-とある警備会社の事務所にて。モデル沢渡希がストーカーに襲われたニュースを見ながら、兼古がためいきをついている-

兼古:何だかなあー。

-上司が入ってくる-

上司:何だ、彼女のファンか。見惚れてる場合じゃないぞ、仕事だ。

兼古:違いますよ、よく襲われる女だなと思って。…綺麗なのが罪なのか、ガードが甘いのか、それともただの話題作りか。

上司:この事件で彼女をかばったボディーガードが、意識不明になったそうだ。事態はかなり深刻らしいぞ。

兼古:面白そうじゃないですか、俺なら必ず守ってみせますけどね。

上司:そう言うと思った。今彼女の事務所経由で依頼を受けたんだ、よろしく頼むよ。(資料を渡す)

兼古:そう来なくっちゃ。(受け取って)行ってきます。(ジャケットを取って出て行く)

 

-雑誌のグラビア撮影現場。セクシーなドレス姿の沢渡が様々なポーズをとっている。<客席から歓声が飛びどよめいたので、僕は笑顔でしいーっと唇に指を当てまた演技に戻る>-

カメラマン:希ちゃん、綺麗だよ。もう少し上目遣いで、そう、もっとものほしそうな表情をして。いいよ、今度は目を閉じて…。はい、今日は終了、お疲れ様。

-周囲のスタッフが拍手する。<客席も一緒にしてるよ>-

沢渡:お疲れ様でした。(笑顔でスタジオを後にしたあと急に不機嫌になって)あのカメラマンもうちょっと段取りよく撮影できないのかしら、お肌の限界ギリギリじゃない。

マネージャー:でもその分いい写真が撮れたと思うよ、お疲れさん。(楽屋の前で)…そうそう、紹介するよ。今日からお願いすることになった、新しいボディーガードの兼古さんだ。

兼古:兼古です、よろしく。(握手を求める)

沢渡:(それには応じないで)私、ボディーガードって信用してないの。前の人だって、最初は大口叩いていたくせに、見てよほら。(スリットをめくって太ももを見せる)<おおー>こんな切り傷があったら、水着の仕事が出来ないじゃない。

兼古:君は命を狙われているんだぞ。その程度で済んでよかったと、どうして思えないんだ。

沢渡:いいえ、中途半端にモデルをクビになるくらいなら死んだほうがましだわ。かすり傷の一つでも報酬はゼロよ。(嫌味っぽく)いきなり私に説教だなんてたいした人ね、どこまでやれるかしら。…着替えてくるわ。(軽く手を振って楽屋に入っていく)

兼古:(その場に立ち尽くして)強烈な女だな。

-マネージャーと二人、近くの椅子に座って-

兼古:まずは、状況を聞かせてもらえませんか。

マネージャー:はい、本人がああいう性格ですから敵が多いことは確かなんですが、今回お願いしたいのはライバルの川端深雪対策です。ちょうど一週間後に外国雑誌のオーディションがありまして、それに決まるといわゆる世界デビューになるわけです。今のところウチのほうに分があるとは言われているんですが…。

兼古:相手は執拗に狙ってくるわけですね。

マネージャー:そうです。川端は裏の世界に通じているらしくて、いろんな手で刺客をよこしてくるんです。…でも沢渡はああ見えて仕事熱心なんですよ。常にいい状態を見せたいために、無駄のないスケジュールを組んだり、はっきり意見したりする。それが周囲にはわがままと映るらしいのですが、理に適っているし、場合によっては必要だと思うんです。どちらかと言うと外国向きなんですよ、この国の人は曖昧をよしとする傾向がありますが、彼女は決して妥協しない。だからこのチャンスを逃がすわけにはいかないんです。

兼古:先程の傷は大丈夫なんですか?

マネージャー:はい、何とかメイクなどでごまかせる範囲ですから。

兼古:では具体的にどんな組織が動いているか分かりますか?これまでの被害についても詳しく教えてください。

 

-一方、川端事務所では-

川端:どうして上手くいかないのよ。あの顔にちょっとばかり傷をつけるだけでいいのに、ますますガードが固くなっちゃったんじゃないの?

朝霧:申し訳ありません、先日新しいボディーガードがついたそうですが、必ず隙が出来ます。その時には必ず。

川端:もう日がないのよ。成功しなかった場合には、分かっているわよね。

朝霧:私もプロです、お任せください。(去る)

川端:あんな女、このくらいされても誰も同情しないわ。多くの人を蹴落として自分だけいい思いをするなんて許せない。楽しみにしていなさいよ、これからじわじわ苦しめてやるから。

 

-沢渡の自宅。チャイムの音がする-

沢渡:はーい。(ドアの覗き窓から相手を確認して)どうぞ。(開ける)おはよう。

兼古:(眠そうに)おはよう。(袋から牛乳を見せて)これでよかったのか?

沢渡:そうよ、ありがとう。ちょうど牛乳が切れてたの。

兼古:じゃあ、10時にまた迎えに来るよ。(立ち去ろうとする)

沢渡:待って、折角だから一緒に朝食を取りましょうよ。ほら入って、誰かに見つかったら大変。(兼古をリビングに通す)

兼古:朝からご機嫌だな。いつもこんなに早起きなのか、(時計を見て)まだ7時…。

沢渡:あなたって見るからに夜型人間でしょ、健康的な生活をしたほうがいいわよ。(お皿を並べて)人間はもともと太陽の動きと共に行動していたの。日が昇ったら起きて、沈んだら寝る、そのリズムが崩れると身体やお肌の調子がすぐれなくなるのよ。ねえ、これを飲んでみて、希特製キャロット牛乳よ。

兼古:ごめん、人参ダメなんだ。

沢渡:何言ってるの、子どもじゃあるまいし。おいしいんだから。(口をつけた途端、テーブルにばたっと倒れる)

兼古:沢渡、どうしたんだ、大丈夫か!(揺さぶるが反応がない)もしかして毒物が混入してたのか?(グラスを持って匂いをかぐ)

沢渡:(ガバッと起きて)冗談よ、目が覚めた?

兼古:(ため息をついて)おかげさまで。…手間のかかる女だな。

沢渡:失礼ね。あなた本当に大丈夫なの?腕は超一流だって聞いているけど、普通の人にしか見えないんだもん。敵は大勢いるのよ。

兼古:自業自得だろ、本来なら自分で対処してほしいね。でも、マネージャーは君のことを本当に心配しているから、彼のためなら依頼を受けてもいいなと思ったんだ。引き受けたからには、責任を持って君を守るよ。

沢渡:今までの人の中で一番早く牛乳を買ってきてくれたから、信用しようかな?

兼古:ふ~ん、そうやって人を試しているんだ。(窓の外をチラッと見て)危ない、伏せて!(沢渡に覆い被さる)

-その時銃声が響いて、テーブルの上の花瓶が割れる-

兼古:怪我はないか。

沢渡:(恐怖のあまり頷くのが精一杯)

 

-警備会社にて、上司がニュースを見ながら電話を受けている-

兼古:沢渡の怪我がなくて何よりでしたが、どうやら威嚇射撃のようです。

上司:どうしてそう思うんだ?

兼古:三発発射されたのですがガラスの穴は一つです、つまり同じ場所に撃ちこんだ。現に俺達は一発目のあと逃げています。人を狙うのならそれとともに銃口が動くのではないかと思うのですが。

上司:そうか、でもこれは何を意味するのだろう。今ではニュースでも取り上げられて、ガードは固くなるばかりだ。

兼古:そこなんですよ。それでも仕留めるという自信に満ちてお膳立てをしているのか、はたまた別の組織の犯行か。…ある程度の目星はついているんですけど、まだ確証が持てなくて。とりあえず、警備の増員をお願いします。

上司:そうだな、すぐによこすよ。

 

-夜歩きながら-

沢渡:ねえ、今日はお食事に行くんだけど、一緒に来てくれる?

兼古:それが仕事だからね。

沢渡:違うの、同席してくれる?

兼古:また何か企んでるだろ。

沢渡:隣にいてくれるだけでいいからお願い。(手を引っ張ってレストランへ入っていく)

-男が座っているテーブルに来ると-

沢渡:紹介するわ、あちらは石川さん、こちらは兼古さん。(不穏なムードの中、一人平然と座る)早く。(兼古に椅子を勧める)

石川:(戸惑いながら)どういう関係?

沢渡:私のボディーガード兼、恋人。あなたは別れの理由を聞きたいって言ったでしょ、だからこうして連れてきたの。

兼古:(魂胆が分かったと頷く)どうかよろしく。

石川:いつから付き合っているんだ?

沢渡:そうね、3ヶ月くらいかしら。あなたが私を殴ってすぐ。

石川:軽くじゃないか。そんな言いがかりをつけて僕に諦めさせようとしているだけだ。

沢渡:あのね、お互い好きじゃないと恋人ではいられないでしょ。あなたはきっと私じゃない別の人と結ばれる運命にあるのよ、こればっかりは変えられない。

石川:運命の話をしている場合か。…兼古って言いましたか、あなたは彼女のことをどう思っているんですか。

兼古:どう…って。俺達付き合ってるからな、今更…。(沢渡の唇にキスをする)<観客が大喝采>こんなわがままで世話のやける女は、あなたの手には負えません。苦労するだけだと思いますが。

沢渡:それどういう意味よ。

兼古:つまり俺しか面倒を見きれないってこと、そうだよな。(有無を言わせず抱きしめる)だから諦めてくれ。

沢渡:これ以上ラブシーンを見たいの?…さようなら。

石川:勝手にしろ。(逃げるようにその場を去る)

沢渡:(彼が視界から消えるのを確認して)いつまで抱いてるつもり?〈しかも、唇にキスしたし!〉

兼古:おっと失礼。(さっさと手を離して)また敵を増やしたんじゃないのか?

沢渡:あなたこそ楽しんじゃって…、そうよ、暴言に加えキスまでするとはどういうつもり?

兼古:あの状況下では適切な判断だったと思うけどな、あのくらいなんだって言うんだよ。今、彼氏はいないのか?

沢渡:あなたには関係ないでしょ。

兼古:撮影現場で見たお前の感じてる顔にそそられない男はいないと思うけど、その性格じゃあな。

沢渡:(落ち込んで)…面と向かって言うことないでしょ、あんまりだわ。

兼古:…分かった。本当はおとなしい女の子なんだ、でも仕事のために強がってるだけ、違うか?

沢渡:やめて、私を凡人に戻さないで。沢渡希はプライドが高くて、手の届かない存在でいなきゃダメなの。分かったようなこと言わないで!(立ち上がり歩いていく)

兼古:待てよ、勝手に行動するな。(腕をつかむ)

沢渡:お手洗いに行くだけよ、離して。(振り切ってドアの向こうに消える)

兼古:…本当はいいヤツなのかもしれないな。

-その時、キャーと沢渡の悲鳴が聞こえる-

兼古:(ドアを開けて)沢渡!(トイレの中を探し回るが見つけられず)やられた!(その他の警備員が待つ外へ連絡に走る)

 

-ニュースが流れる-

アナウンサー:本日、モデルの沢渡希さんが何者かによって誘拐されました。レストランのトイレで突然姿を消したあと、声明文が事務所に届けられ、ただ今捜索中です。先日から何回も襲われていたにもかかわらず起きてしまった事態に警察への非難の声が高まっており、一刻も早い事件の解決が望まれます。

 

-警察で-

警部:どういうことなんだ、兼古君がついていながらみすみす誘拐されるなんて。警察への非難の電話が殺到しているんだ。

兼古:すみません。しかし今回、部下を徹底的に張り込ませた結果、犯人を特定することが出来ました。

警部:その犯人とは…。

兼古:待ってください。今からその中心人物が動くはずです。ですから警察はまったく気づいてないフリをして、ニセの情報を流してください。あいつらを泳がせるんです。

警部:分かった、君に任せるよ。

 

-とある倉庫にて。椅子に座らされた沢渡が、目隠しをされ、後ろ手に手錠をかけられ気絶している-

沢渡:うっ…。(朦朧としながら身体をゆするが、手錠は外れそうにない)

朝霧:どうやらお目覚めらしいな、気分はどうだ?

沢渡:誰なの!何するのよ!…イタっ。

朝霧:下手に動かないほうがいいと思うぞ、大事な身体に傷がつくんじゃないのか?(あごをつかんで持ち上げる)綺麗だな、お前。もったいないから、じっくり味わってからにしようかな。

沢渡:触らないで。(足でキックする)

朝霧:ふざけるな。(胸倉をつかんで)お前はもう俺の手の中にある、無駄な抵抗は止めたほうがいいんじゃないか?(足に指を這わせる)

沢渡:い、や…。

深雪:その位にしておきなさい。

沢渡:やっぱり、あなただったのね。自分に自信がないから、こんな汚い手段しか選べないのよ。

深雪:(頬を張り飛ばす)<会場全体が息を呑む>随分と威勢がいいのね。まあ騒げるのは今のうちだからね、あなたの人生もあと何分かしら?

沢渡:負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ。やるならさっさとやらないと、助けが来るわよ。

深雪:誰が来るって言うの?あなたは誰にも知られず、ひっそりと死ぬの。そしていつしか忘れ去られる。(ナイフを顔に当てる)

沢渡:うっ。やめて…。

深雪:今まで散々大きな顔をしてきたあなたが、どんな風に命乞いするのかしら。何か言い残すことはある?

沢渡:(怯えながら)…卑怯だわ、…もっと正々堂々と勝負しなさいよ。こんなことをしてオーディションに出たところで、あなたの将来が保証されるわけでもないと思うけど…。

朝霧:もういい。(こめかみに銃口を当てる)あと5秒だけやる、この世とお別れするんだな。

兼古:そこまでだ!沢渡待たせたな。

沢渡:兼古さん、早く助けて。

朝霧:お前は黙ってろ。(お腹にケリを入れると、沢渡は前傾姿勢になって苦しむ)

兼古:沢渡から離れろ!…朝霧、久し振りだな。お前との決着まだつけていなかったからな。

朝霧:お前のほうこそ、今日のために今まで生き延びてきたのか?例の勝負といこうじゃないか。深雪さん、好きなテンポで3つカウントしてください。

深雪:(戸惑いながら)え?

兼古:男同士の勝負なんだ、頼むよ。(朝霧と二人、お互い距離を置いて向かい合う)

深雪:1…2…3。

-兼古と朝霧、同時に銃を抜いて引き金を引く。…と、二人同時に倒れる-

沢渡:キャー。

深雪:キャー。(その場にへたりこむ)

兼古:(左腕をきつく押さえて立ち上がる)…さあ、引き渡してもらおうか。

深雪:(そのまま後ずさりするところ、兼古がナイフを弾き飛ばす)あっ。

兼古:ゲームはここまでだ。(部下に深雪を任せて、沢渡に駆け寄り目隠しを外す)大丈夫か?

沢渡:…あなたが来てくれるのを待ってた。もうダメかと思った…。(涙を流す)あなたこそ大丈夫?血が出てるわ。

兼古:(沢渡を抱きしめて)大丈夫だよ、かすっただけだ。

沢渡:ごめんなさい、私が勝手な行動しなければこんなことにはならなかった…。

兼古:いいんだ、俺のほうこそ早く助けに来られなくて悪かったな。君のおかげで犯人をつかまることが出来たんだ、よくやったよ。…あれ?

沢渡:どうしたの?

兼古:手錠の鍵が合わないんだ、どんなのでも合うはずなんだけどな…。(部下を呼んであれこれ試す)

沢渡:いやだ。早く外してよ。

兼古:おかしいな…。しょうがない、しばらく待ってろ。チェーンソーで切るから。

沢渡:怖いじゃない、大丈夫なの?

兼古:耳は塞いでてやる。それより、感じてるほうがいいか?

沢渡:本気で言ってるの?私は逃げられないのに…。

兼古:俺はいつだって本気だよ。(頬にキスをする)お前の事をこれからも守ってやる。

沢渡:そんなこと頼んでないわ!〈またキスした!〉

兼古:素直じゃないな。お前のノーはイエスの意味、違うか?

沢渡:(言葉に詰まって)私の負けだわ、読心術でも習ってるの?

兼古:俺には何でもお見通しなんだぜ、さあ切るから離れて。

沢渡:(手をめいっぱい伸ばして切ってもらう)兼古さん!(思いっきり抱きつく)早くこうしたかった…。

兼古:沢渡!

-しっかり抱き合いキスをしながら、幕が下りる-

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