9/21 (水) 16:00 一緒の時間

「恐れ入ります、目を開けていただけますか?」

と言われ、鏡越しの自分の姿を見て驚いた。

「これ、やり過ぎじゃないですか?」

「いえ、凄みを出すにはアイメイクは重要ですよ。・・・失礼いたします」

いつもは大体、目を閉じて考え事をしている間にメイクが終わるのだけど、今日はかなり手が込んでいる。ドギツイ黒のメイク・・・付け爪までつけられているし、・・・その上、そんな色の口紅まで塗るの?

「任せてくださるとおっしゃったではありませんか。ほら、役作りなさっててください」

・・・こんなに塗られては、役作りも何もない。案の定、陣中見舞いに来た朝霧はさっさと逃げ、村野さんは「こっちを見ないで」と言い・・・ながらも写真は撮っていったが、深雪はチラリと見るなりうつむいて出て行った。

「凄いなそれ!一緒に写真を撮ろうぜ」

兼古先輩が真っ白な麗しのハンサム天使の格好で登場すると、ひとしきり、写真撮影会となってしまった。

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なのに、その熱演を台無しにするような出来事が、またしても起きてしまった。

カーテンコールでミスキャスト上演会のくじ引きが行われたのだけど、みんなから、怖いから近寄るな、と言われて引く順番が最後になったのがいけなかったのか、残った役は、

「主役の女性モデルです」

と。・・・やんやの歓声が沸き上がったのは言うまでもない。どうして「女性」でなきゃいけないんだ!・・・でも、兼古先輩がボディーガードの役を引き当て、すでにエスコートする気満々になっているから、何も言えない。・・・結城もまた喜びそうだ。ここは、悪魔同様、開き直って役に徹するしかないな。

もだけど、それよりも深雪を慰めることが先だ!幕が下りると、僕は速やかにメイクを落として制服に着替えた。舞台上では散々泣かせてしまい、終わってからもまだ放心状態になっていたからだ。

「深雪!」

もう我慢できなかった。役作りのために、どれだけ自分を抑えてきたことだろう。どれだけ心を痛めてきたことだろう。本当は守ってあげたかったのに、付き合い始めてから苦しめてばかりいた。

「よかった、戻ってる。・・・もう、希さん怖すぎですよ。思い出すだけでまた泣けて来ちゃいそうです」

「思い出すんじゃない。これから、いい思い出を一杯作ろう」

「でも、今度は逆に、私が希さんをいじめなきゃいけないんですよね。・・・希さんが恐怖におののく姿なんて想像できません」

・・・ああ、またしても。深雪は僕演じるモデルのライバル役で、散々意地悪をするのだ。

「まあ、ミスキャスト上演会は余興だから、そこまでシリアスにやらなくていいよ。・・・それより、お腹空かない?もう隠し事はしたくないんだ。一緒にご飯を食べに行こう」

え?激しく動揺した深雪に、大丈夫、大丈夫と優しく声をかけ、髪を撫でてあげる。しばらくは役のことを忘れようよ。

 

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今日もまたクラスに少し顔を出してから講堂に向かうと、すでに殿下と舞さんがいらしていた・・・仲良さそう。・・・その向こうには結城の姿もある。

「もう沢渡くん、あんなにも深雪ちゃんのことをいじめるなんて・・・かわいそうで見ていられなかったよ」

「違いますよ。僕がではなくて、そういう役だったんですから」

「で、それが終わったから、一緒にいることにしたの?」

「すみません、もう我慢できなくて・・・」

僕の隣には深雪がいる。校内で手をつなぐのはさすがにはばかられて一緒にいるだけだけど、これで僕たちの関係はクリウス中に知れ渡ったわけだ。・・・いや、世間にも広まっただろうか。これから彼女を守るために作戦を練らなければならないのだけど、それはまた学園祭の後で。

相変わらず朝霧の演奏は素晴らしくて、場内は大盛況だった。アンコールでは僭越ながら僕が伴奏させてもらったのだけど、弾いているうちに朝霧と出会ってからのことを思い出した。彼と仲良くなれたのは、彼の演奏が気に入ったからだった。何度彼の演奏に癒され救われたことか。その彼の演奏が世界的に認められたことが、とても嬉しい。彼が誇らしげに弾いているとき、彼が一回りも二回りも大きく見える。もっともっとたくさんの人に演奏を聴いてもらいたい。

「ありがとう。気持ちよかったよ」

でもそんな彼はどこまでも謙虚で、僕に礼を言ってくれた。

「ううん、僕のほうこそ。君と出逢えてよかったよ。今日はおめでとう」

そして精一杯の拍手を贈る。

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