「凄いね~、沢渡先輩に向かってタメ口で話しちゃうんなんて」
昨日のことで私と同じくらい舞い上がったのは、若菜だった。
「だって、タメ口で話さないと返事してくれないんだもん。・・・今は大分慣れたけど、最初は大変だったんだよ」
「それで、先輩のことは何て呼んでるの?」
「・・・呼び捨て。これも指定」
すご~い、と若菜は喜んでいるけど、噂がすぐ広まるクリウスのこと、昨日のことはすぐに学校中に知れ渡ってしまって、ますます視線が怖くなってきている。今日の朝は早めに登校したし、帰りも混雑する時間帯は避けるつもり。
と思っていたら、石井くんから声をかけられた。
「玄関まで送っていくよ」
え?
「沢渡先輩から頼まれたっていうのもあるんだけど、クラスの子たちが深雪ちゃんのことをあれこれ噂していて、・・・あんまりいい気分はしなかったから、助太刀しようと思って」
・・・あんまりいい気分はしないような噂をしてたんだね。私、1年生まで敵に回しちゃったかな?
でもとりあえず、若菜と一緒に玄関まで送ってもらう。
「全然気にすることないよ、言いたいヤツには言わせておけばいいんだ。僕たち演劇部には欠かすことのできない二人だってことはみんな分かってるし、部長は事あるごとに『沢渡くんが変わったのは深雪ちゃんのおかげ』って喜んでるし」
・・・石井くんが部長の口調を真似たのがおかしかったけど、
「沢渡先輩ってそんなに変わったの?」
と、若菜が不思議そうに聞く。
「僕たちは今年入ったばかりだからその変化はよく分からないけど、2、3年の先輩たちはみんな言ってるよ。前までは笑わないどころか、全然感情を出さない人だったらしい。・・・って今も、よこしまな連中には見向きもしないみたいだけどね」
「昨日の笑顔は素敵だった~、あれは私が深雪の友達だから見れるってわけ?」
「そういうこと。でもね、先輩は生徒会長だし、財務長官までやってる人だよ。何だってできるわけじゃない?だから、深雪ちゃんに何かあったら、どんな報復をするか分かったもんじゃないよ。クリウスに血が流れないようにするためにも、できるだけ僕がついてるよ。遠慮なく呼んでね」
そんな、血が流れるだなんて!・・・石井くんを振り返ると真剣な眼差しで頷かれてしまった。